No.14 1998.01"Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

新年に向けて

ロシア極東国立総合大学函館校 助教授 鳥飼 やよい

また新年が巡ってきます。心新たに人生を振り返るのに適した時期です。ここで心機一転スタート地点に立ってやり直したいと思っている人もいるでしょう。そこで、皆さんと同じくロシア語を志すものとしてこの場をお借りして一言アドバイスを。
成人の第2外国語の学習者にとって最大のポイントは心理的バリアの除去と動機付けという2点です。こんなことを言ったら笑われる、こんな質問は恥ずかしい等の何かをしないための言い訳は誰でも一度や二度は言ったことがあるはずです。幼児と違い成人は言語を無意識に機械的に覚えることは不可能なので、納得し身にしみて理解してこそ自分のものになります。心の中に壁があればいくら暗記しても、いつまでたっても外国語は血や肉にはなりません。英語をすでに6年間勉強した経験のある皆さんなら思い当たるでしょう。この壁は本当に困りものです。また成人にとって動機のない行為ほど虚しいことはないという事も確かです。
私はロシア語を始めてから今年で8年になりますが、高校卒業前後の自分の英語力と比べれば、同じような年数でも、コミュニケーションスキルの観点からすればロシア語のほうが格段上だといえます。これは一つには、私がロシア語を自ら選んで勉強したという動機があったということのほかに、遠慮など薬にもならないアメリカで、自己主張するアメリカ人の中で勉強するという経験をしたからだと思います。自分を相手に伝えるということが外国語学習の至上目的であり言葉は道具であると考える勉強の仕方であり、勉強中なのだから間違って当たり前で、質問に正しく答えるよりも間違っていても自分から質問をすることが偉いという態度です。言葉の法則にからめとられてそれだけでもう打ちのめされた気持ちになる日本的学習とはスタートが違います。
また多くの学生がロシア語を勉強するのは、それを使って将来何となくロシアに関わる仕事をしたいからではなく、今日習った表現を明日のボランティア通訳の仕事に使おうとか、この夏のロシアでの探検に役立てようというような切羽詰まった動機を持っているのです。学生は大学の外に自分なりの「ロシアの世界」を持っていて、そのことが授業に必然性を持たせ現実味を与えてくれます。暢気者の私も周りの影響で、当時紛争中だったアゼルバイジャン共和国からの避難民のための通訳ボランティアを2年間しました。ここで学んだことは大きいものがありました。
またクラスメートが多くの学習のヒントをくれることがあります。それは自分と同じくらいのレベルの人が、発言するのにどんな言葉を使うか観察することです。少人数の授業では発言回数の多い学生のフレーズが他の学生にも伝染していくというようなことがあり、結果的にみんなで向上していきました。人の間違いに積極的に関心を持つことで学ぶことも随分多いのです。自分の間違いもクラスの役に立ってくれるのだから、間違いを恐れるなどと言うことは感情の無駄遣いです。
ダイレクトメソッドのクラスで起こりがちな「いまいち授業がわかった気がしない」という感想も困った心理的バリアです。このような感想を持つ人々は果たして何をもって解ったとするのでしょうか。文法を理解することが外国語教授の目標では今やありません。それは理解の一部に過ぎないし、そもそもダイレクトメソッドでは書かれた文法を覚えることを目標とはしていないのです。ここでの目標はあらかじめ書かれてある規則を読むことではなく、人間に備わる五感を使うことによってそこに一定のルールを見い出していくというプロセスにこそあるのです。それこそまさに身にしみて解るという経験の宝庫です。文法書を読むことなら家にいて一人でもできます。ここではそれ以上のことを経験できるのです。これが本物のロシア語でできる皆さんは本当にラッキーです。なかなかできる経験ではありません。
皆さんにとってロシア語は初めて自分で選んで勉強する外国語でしょう。中学生ではないのだから楽しんでやることができるはずです。何しろ自分で選んだ訳ですから動機に不自由はしません。私も学生時代、ペーパー提出期限直前の午前3時、タイプライターからよろよろと立ち上がり、風呂場の鏡の前に立ち「あなたはこの道に好きで入ったのだから、どんな苦労も喜びのはず~」と呪文のように自分に言い聞かせ、又机に向かうといったことの繰り返しでした。何十年やってもやった気がしないのが外国語なのかもしれません。しかし世の中で、簡単なもので手に入れがいのあるものはありません。しかも謙虚なだけでは浮かばれませんからうぬぼれも必要です。どうか皆さんがんばっていきましょう。