極東の窓

ロシア極東連邦総合大学函館校がお送りする極東情報満載のページ。
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ロシア農民の伝統(信仰・生活)

はこだてベリョースカクラブ

一般向け公開文化講座「はこだてベリョースカクラブ」今年度第4回目の講話内容です。

テーマ:ロシア農民の伝統(信仰・日常生活)

講 師:イリイナ・ソフィア(講師)

ロシアの農民の生活というと、みなさんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。広い大地、木造の家、パン、農作業、そしてキリスト教の信仰でしょう。

食卓、パン、子ども、結婚、病気、迷信、儀礼などは農民の生活の中でどのような役割を果たしていたのか。今日はそれについて、お話ししたいと思います。

ロシアには食卓にまつわる様々な迷信や言い伝えがあります。ロシアの伝統的な文化では、食卓は家の空間を形作る重要な存在でした。そのため、食卓を普段とは違う場所に移動させることには特別な意味がありました。たとえば食卓を家の外に出すのは、お祭りや祝い事の時です。

一方、食卓をひっくり返して置いてある場合、それはその家でちょうど葬儀が行われていることを意味しました。これは、亡くなった人が再び家に戻って来ないようにするため、つまり、「こちらの世界へ戻る道を見つけられないようにする」という意味があったと考えられていました。

パンは命の基本です。ロシアの伝統文化において神聖なものと考えられていました。それはパンが「犠牲となるものの身体」を象徴しているからです。パンは基本的に、いつも食卓の上になければなりませんでした。

「食卓は神の手のひらである」というイメージがあり、食卓を叩いてはいけない、ナイフを突き刺してはいけない、帽子を置いては行けない、といった禁忌がありました。

そしてロシアの伝統文化では、パンは単なる「食べ物」や「物」として考えられているわけではありません。時にはまるで意思を持つ存在であるかのように、人間の行動や考え方に影響を与える力があると考えられていたのです。

ここにはロシアの伝統的な世界観を理解するうえで、とてもおもしろい考え方があります。人間が別の存在になるためには、苦しい試練を経験しなければならない、そしてある意味では一度「『死』を経験すること」が、新しい、より高い身分や状態を得るための条件になるのです。実はパンも同じです。一粒の麦がパンになるまでにはたくさんの「試練」があります。刈り取られ、脱穀され、粉にされ、捏ねられ、そして最後には火の中に入れられる。つまり麦はさまざまな苦しみを経験した後、パンになるのです。

ロシアの伝統的な世界観では、ビールはただのアルコールではなく、儀礼のための飲み物で、神聖なものと考えられていました。ビールを造ることができたのは特別な知識をもつ老人たちだけで、彼らは呪文のような特別な言葉を唱えながらビールを造ったと言われています。さらに、ビールを造る場所も自由に選べた訳でなく、行われる祭りや儀礼によって決められていました。例えば教会の近く、村と畑の境界、風呂場の近く。これらの場所は「世界の中心」、つまり「異界」との境界にあたる特別な場所だったのです。ビールを造るのは、この世と異界とのつながりが重要となる時、たとえば亡くなった人を供養する儀礼、また出産の儀礼でもビールが造られました。

ロシアの昔話といえば、バーバ・ヤガ―と彼女が住む「鶏の脚の小屋」が有名です。小屋の名前は、もちろん小屋が鶏の脚のようなものの上に建っていることから来ています。普通の家とは違って、まるで家に脚が生えている、動くことのできる不思議な家なのです。昔話にはこうした不思議な設定の中に、様々な謎が隠されています。ロシアの昔話には、昔の人々が行っていた通過儀礼(イニシエーション)の構造が、物語として残っているのです。

私たちは自分が望んでいた通りにいかない時、「今日は何もかもがめちゃくちゃだ」、「すべてが逆さまだ」ということがあります。ではこのような「逆さま」という考え方はどこから来て、昔の人々はどのように考えていたのでしょうか。まず、昔の人々は、私たちが生きている「この世界」とは別にもう一つの世界が存在すると考えていました。つまりこの世と、異界です。

ロシア北西部のヴォログダ州には、現在でもレシー(森に住む精霊、あるいは「森の主」)と交信を行うというおばあさんがいます。特に危機的な状況になった時、たとえば子どもが森で行方不明になった時など、彼女はレシーに助けを求めることがあります。こちらの世界と異界が接する場所と考えられる十字路に行き、レシーを呼び出すのですが、それは普通の話し方ではありません。言葉を逆向きに、テープレコーダーを逆回転させたような話し方で、もう一つ重要なのは息を吸いながら話すこと。さらにうまくレシーと接触するためには服を裏返しに着なければいけません。ロシアの伝統文化では異界とコミュニケーションするためには、普段と違う状態になることが必要だったのです。

新年を迎えるころの習慣―「スヴャートキ」は、長期間にわたって続く祝祭です。12日間、クリスマスから公現祭(キリストが紙のことして世に現れた)まで続きます。この12日間は1年の12カ月を表しているとも考えられます。つまり、1年という時間を12日間に圧縮したようなものです。ロシア語の「ПРАЗДНИК(祭り)」という言葉の語源をたどると、「порожний(空っぽの)、「праздный(何もしていない、暇な)」という言葉につながります。つまり本来、祝祭とは「空白」なのです。古い年はすでに終わった、しかし新しい年はまだ完全には始まっていない。その間に時間と空間に、いわばひび割れ、隙間、断絶のようなものが生まれるのです。だからこそ、この時期は危険な時間だと考えられていました。一方で、人間にとっては精神的に深いところから何かを突き破るような体験をするチャンスでもありました。なぜならこの時期にはあらゆる境界がなくなるからです。つまり、世界を逆さまにするようなこの「反転」も、新年をはじめとする祝祭の特徴の一つなのです。

「知恵」や「知識」というのは、民間文化の中でさまざまな意味を持つ重要な概念です。たとえば、知識は食べ物のように飲み込むことができると考えられ、文字を読めるようになりたいなら、誰かに紙に何かを書いてもらい、その紙を破って、燃やして、空腹の状態で食べる。そうすれば読み書きができるようになるだけでなく、その紙に書かれていた情報そのものを自分のものにすることができるのです。カエルを飲み込むこともできます。カエルは知恵の象徴で、カエルを飲み込めば普通の人には得られない秘めた知識を身につけることができると考えられていました。

昔の人は謎かけによって頭を鍛えていました。ロシアの謎かけの多くは、問いの中にすでに答えが含まれています。一つの謎に対して、二つの異なる答えがある場合には、その二つの答えの中に、意味の上でつながりがあると考えられます。たとえば、「木でできたパイ、具は肉」、この答えは「ゆりかごの中の赤ん坊」とも「棺の中の死者」とも解釈できます。つまり、ゆりかごと棺の間には、意味の上でつながりがあるということです。どちらも人間が暮らす場所の両極端にあるもの、だからこそ逆に互いにつながっているのです。

まだまだあるのですが、そろそろ時間になってしまいました。

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講話はロシア語で行われ、イリイン・ロマン先生が通訳しました。