極東の窓

ロシア極東連邦総合大学函館校がお送りする極東情報満載のページ。
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バイカル民話集4 魔法の角

魔法の角
Волшебные рога Огайло

 昔々あるところにガンボとバドマという双子の兄弟が住んでいました。二人の村はバイカル湖の近くにあり、母親も一緒に住んでいました。彼らの木でできた五角形の家の中は、大鹿や山羊やトナカイの角で飾られていました。兄のガンボはその地で一番腕がよく、勇敢で強い狩人として知られていました。しかし、弟のバドマは小さい頃に病気にかかり、ずっと動けず、獣の皮でできたベッドに寝たきりでした。ガンボは弟のことが大好きでした。バドマも兄が好きでしたが、よくこんなことを言っていました。
「僕だって兄ちゃんやおっかさんのために役立ちたいなあ」
「心配しないで、バドマ、お前の病気は必ず治るよ」
「ダメだよ、僕はもう起き上がれないみたいだ。二人の重荷になるんだったら、死んだほうがマシだよ」
「そんなこと言うなよ、俺やお袋の気持ちはどうなるんだよ。病気が治る時は必ず来るから今は我慢しろ」
 ガンボがまた狩りに出ようとした日に、彼は弟にこう言いました。
「山で羊を捕って、新鮮な肉を食べさせてやるからな。留守を頼むよ」
 そのころ、バルグジン山脈の密林や崖に大きな雪羊がたくさんいて、ガンボはそれを獲物にしていました。長い間歩くと、大きな岩に挟まれた谷に出ました。すると、崖の上に大きな雪羊がいました。なんと大きくて、しなやかで強そうな羊でしょう。頭には大きな太く曲がった角があり、その角はこの羊がずいぶんと長く生きていることを物語っていました。雪羊の角には木の様な年輪があり、一年ごとに増えるのです。
 ガンボは銃を上げると、狙いを定め撃ちました。しかし、羊は立ったままガンボの方を一度見ただけでした。ガンボは再び撃ちましたが、羊は頭を震わせただけで、穏やかに周りを見ると、崖をゆっくりと登って行きました。ガンボはびっくりしました。今まで一度も自分の腕を疑うことはありませんでしたが、今回は一体どうしたことでしょう?不思議で仕方がありませんでした。ひょっとして、あの羊は不死身の魔法の羊ではないだろうか?
「その通りさ」
 崖の峰から声が響きました。
「あれは森の神ヘテン様がお飼いになっている羊のオガイロさ。人間であいつを見たのはお前が初めてだ」
 ガンボは上の方に目を向けさらに驚きました。たった今、雪羊が立っていた所に山猫の毛皮を身にまとった、若く、美しい娘がいました。
「君はいったい何者だ?」ガンボは勇気を出して尋ねました。
「私はヘテン様の使いのヤンジマ」と娘は答えました。
「言っておくけど、オガイロを追うのは無駄よ。だからお止めなさい。後悔するだけよ。捕まえてどうするつもり?オガイロの角が無くてもお前は強くて元気な男じゃないか?」
「角?何のことだ?」ガンボは気になって聞きました。
「分かってるくせに」ヤンジマは笑いました。「お前は誰よりも強くなりたいから角を手に入れようとしているのでしょう?」
「さっぱり分からない」ガンボは言いました。
「当然の事よ。オガイロの角は人間に力と健康を与える魔法の薬なのだ。それを持っている限り、オガイロ自身も不死身なのさ。痛い目に逢わないうちに帰った方が身のためよ」
 ヤンジマはそう言うと岩の隙間へ姿を消しました。ガンボはしばらく考えた後、その場を去ることにしました。ガンボが立ち去ると、ヤンジマが再び現れ、黄色い布を振りました。すると空に銀色の雲が現れて、その上には肩に毛皮をかけた朝日のように輝いている絶世の美女が乗っていました。美女は雲から降り、ヤンジマに言いました。「どうしましたか?」
「光り輝く女神、密林の支配者ヘテン様。オガイロを狙うたくましい狩人が現れました。オガイロが捕まったら大変です」
「魔法の角を手に入れたいのですか?」へテンは言いました。
「悪い人だったらどうしましょう?」
「ヤンジマ、オガイロの角が人間の手に渡る事を絶対に許してはなりません」
 そう言うとヘテンは雲に乗り、消えて行きました。
 ガンボは約束通りバドマに新鮮な肉を持ち帰りましたが、とても気が重かったのです。「魔法の角を持った羊を何故逃がしてしまったんだ?それを手に入れれば大事な弟の病気も治るのに。必ず手に入れてみせるぞ!」と自分に誓い、また狩りへ出る前に母に言いました。
「お袋、バドマを守って、励ましてやってくれ」
 ガンボは狩りの道具を持ち、バイカルの岸を歩きました。するとすぐに風が吹き、ほとんど歩けなくなりました。「何かが俺を止めようとしている」とガンボは思いましたが、諦めずに前へ進みました。それがヤンジマの仕業だと彼は知る由もなかったのです。長いこと歩き、ガンボは松の森へ入りました。すると森の木々は枝を伸ばし、彼を捕らえようとしました。そして岸から飛んで来た砂も彼の目に入りました。松の木々はガラガラと音を立て、ガンボを捕らえ、バイカル湖へ投げ込みました。ガンボはバイカルの冷たい水に落ち、湖の底へと沈んで行きました。すると深海に住む透明な魚ゴロミャンカ達が集まり,ガンボの体に噛み付きました。しかしガンボはここでも諦めず、魚達を一つの群れに集め、水面に運ぶように命じました。
 水面へ上がるとそこにはバイカルアザラシがいました。ガンボは一番大きなアザラシの後ろ足を掴み、岸まで無事に運んでもらいました。ガンボは旅を続けました。暗い森を抜けると、明るい谷間へ出ました。ようやく歩きやすくなりました。しかし夕方になると、谷間に真っ黒な雲がかかり、辺りは見えにくくなりました。空を見上げ、ガンボはぞっとしました。雲の中に長いひげときらめく眼を持った大きな顔が現れました。恐ろしい声が響きました。
「頑固な狩人よ。家へ帰るのだ。さもないとワシは雨を降らせ、お前はびしょ濡れになり、寒い夜に凍え死ぬ事になるぞ」
 ガンボは笑って答えました。「無駄だ、怖くなんてないぞ」
 その瞬間、稲妻が光り、雷が鳴り、土砂降りになりました。ガンボはこれまでこんな大雨を見たことがなかったが、恐怖に負けませんでした。衣服を脱ぎ、朝まで体をこすり、温めました。夜が明けると、雨は止みましたが今度は突然濃い霧がかかりました。その霧の中から長く真っ白なひげの頭が現れ、冷たい声で言いました。
「頑固な狩人よ。家へ帰るのだ。さもないとお前の首を絞め、息の根を止めるぞ」
 すると霧の中からガンボの首をめがけて、長い手が伸びました。
「いやだ、負けるものか」とガンボは叫び霧と戦いました。
 1時間そして2時間戦い続けると、霧は諦め、逃げ出しました。今度は青空から桃色の衣を着たヘテンが雲に乗って現れました。
「たくましく強い狩人よ。なぜオガイロの角を狙っているのだ?角がなくてもお前は充分強いだろう?」とヘテンはガンボに言いました。
「この方は密林の女神ヘテン様に違いない」そう思ったガンボは、心を開き答えました。
「自分のためじゃなく、病気の弟を助けたいのです」
「それはよい事です」ヘテンは顔を輝かせ言いました。「他人を助ける事はすばらしい行いです。つまり、おまえは善人です。名前は何と言うのですか?」
「狩人のガンボです」
「ガンボ、ならば探し続けるがよい」ヘテンはそう言うと岩の向こう側へ姿を消しました。
「美しい女神ヤンジマ様」ヤンジマがヘテンを迎えました。
「あの頑固な男を止めようと私にできることは何もかもしたのに、彼はどうしても諦めないのです」
「あの男に魔法は効きません」ヘテンは言いました。
「正直言うと、私はあの男が気に入ってしまいました。彼の強い意志は私の心を惹き付けたのです。私は強く立派な人間が好きなのです」
「ヘテン様、何を言っているのですか」ヤンジマは叫びました。あのよそ者に魔法の角が渡ってもよいのですか?あれはあなただけの物でしょう!」
「その通りです、ヤンジマ。でも仕方がないのです。あのたくましく、力強い狩人に私は惚れてしまったのです」
「ヘテン様、よく考えてください」ヤンジマは叫びました。
「あなたは彼に勝てる力を持っているじゃありませんか?それでも彼はあなたの愛に釣り合うほどの男なのですか?」
「そうです」ヘテンはきっぱりと言いました。「彼をこちらまで来させましょう。その後で様子を見るのです」
 ガンボは暗い森、流れの速い川、鋭い岩を越えて目的地へ近づいて行きました。やがて見覚えのある谷間が見えてきました。高い崖の上を見て、ガンボの息は止まりました。あの不死身の雪羊が以前のように穏やかに立っていました。「オガイロだ」ガンボはドキドキしました。
「今度こそ逃がさないぞ。何としてもお前の角を手に入れ、弟にあげるんだ。そうすればバドマは元気で力強い男になれるんだ」
「無駄なことは止めなさい、ガンボ」岩の隙間からヘテンの声が響きました。「こちらへおいでなさい。あなたに魔法の角を与えましょう」
 それはガンボが予想していなかったことでした。心を震わせ、彼はおとなしく崖を登りました。「オガイロを見て何か気づきませんか?」とヘテンが訊きました。オガイロの方を見ると雪羊の頭には普通の角が生えていました。そして、魔法の角はヘテンが持っていました。
「善い人の善い行いのために差しあげましょう」
「なんとお優しいお方だ。感謝の気持ちで心がいっぱいです。このご恩をどうやってお返しましょう?」
「恩返しをするのは私の方かもしれません」とヘテンは言いました。
「一体誰に?」
「私のオガイロにです」
 ヘテンは雪羊に近づき首を抱きました。
「なぜ彼に恩返しを?」ガンボは尋ねました。
「だってオガイロは私とあなたを引き合わせたんですもの」
 ヘテンが黄色い布を振ると、空から雲が降りてきました。
「みんなであなたの家へ行きましょう」とヘテンは言い、「大事な衣を持って来るのを忘れないで」とヤンジマに言いました。
 三人は雲に乗り空に浮かびました。空の下には密林が広がり、銀の糸のように川が伸びていました。そしてオガイロは崖に立ち三人を見送っていました。
「さよなら、オガイロ」ヘテンは手を振りました。「恩返しとしてあなたには決して狩人の立ち入れない山をあげましょう。そこで仲間たちに囲まれ,安全に暮らすがよい」
 バイカル湖が見えてきました。ガンボが空の下を見ると、家の前で母親が空を見上げていました。
「俺たちを迎えてくれているんだ」とガンボは言い手を振りました。
 雲が下がって魔法の角を持ったガンボが降りました。桃色の毛皮を身にまとったヘテン、山猫の毛皮を身にまとったヤンジマが降りると雲は消えました。
「大好きな私の子供たち、帰って来てくれて嬉しいよ」と母親は言いました。「家にお入り」
ガンボは寝たきりの弟の方へ駆けつけました。「ほら,バドマ、雪羊の角を持って来たぞ。これでお前は強くなるんだ」
そう言うと弟の寝台の壁に角を掛けました。
 一ヶ月が過ぎました。その間にバドマは起き上がり、元気で強い男になりました。家族はバドマの快復を祝いました。ある日、ヤンジマは山猫の毛皮を脱ぎ、美しい金色の衣を身にまといました。その衣のおかげで彼女はさらに美しくなりました。そのヤンジマの姿を見ると、バドマは感動しました。
「ヤンジマ、君は世界で一番美しい花だ。一生に一度でも見られれば幸せだ」
「一度だけでいいのかしら」 ヤンジマは笑いました。
 まもなく、その一家では二つの結婚式が挙げられました。ガンボとヘテン、そしてバドマとヤンジマはその日世界で一番幸せでした。それからずっと彼らは魔法の角を狙うたくましい狩人を思い出したり、不死身の雪羊オガイロに感謝の気持ちを示しながら暮らしました。

訳:ロシア極東国立総合大学函館校

ロシア地域学科4年 松井 唯寧