極東の窓

ロシア極東連邦総合大学函館校がお送りする極東情報満載のページ。
函館から、ウラジオストクから、様々な書き手がお届けします。

Do you know GONZA?

はこだてベリョースカクラブ

一般向け文化講座「はこだてベリョースカクラブ」の今年度第2回目の講話内容です。
テーマ:「Do you know GONZA?」
講 師:鳥飼やよい(本校准教授)
質問:次の日本語訳は、なんというロシア語の訳として当てられているでしょうか?(答えは最後に)
イロファ
シャムセン
アヲモイ
アマザケ
ワルカコトスルトコル
フォドケ
キョデ
スモトイバ
シオシタブタ
オイ
ニョボモツ
ココロジェウェツカント
イキタモン
ファット
トノジョモタン
ニセ
ゴンザは1728年の晩秋、鹿児島のある港を出ました。若潮丸(早行丸)は17名の乗組員と、物資を載せており、その中にゴンザと父親もいました。北西の風に乗って船は難破、6か月の漂流を経て、船はカムチャッカ半島のロパトカ岬に漂着しました。
当時の日本は江戸時代。元禄文化が終わる頃でした。鎖国やキリシタン禁令といった時代で、ロシアに対しては無防備でした。
一方ロシアは、1700年、ピョートル大帝が首都をモスクワからペテルブルクに移し、「ヨーロッパへの窓」を開きました。ヨーロッパの技術・文化の導入に力を入れたほか、中国、極東、ベーリング海、アメリカとの国境にも目を向けていました。オランダ人から日本のことも聞いており、日本との今後の通商への思いがみなぎっていた時代でした。ピョートルはあらゆることに対し知識欲があり、意欲的でした。
この時代、漂流はどのくらいあったと思いますか?全部で約250件、そのうち48件が薩摩からで、薩摩は漂流大国でした。
漂流民には、1702年大阪のデンベイ(ピョートル1世に会う。日本語教師となり、ロシアに死ぬ)、1707年紀州のサニマ(デンベイとともに日本語教師となる)、1783年伊勢の大黒屋光太夫(小説や映画になった「おろしや国酔夢譚」で有名)などがいました。
函館のみなさんにとって身近な高田屋嘉兵衛は、だいぶ後になります。高田屋は1790年頃活躍、国後・択捉航路を開拓し、1812年のゴローニン事件では日本とロシアの仲立ちをして名を上げました。この時代になると沖乗りが主流になりますが、ゴンザの時代は地乗りが主流でした。
秋から冬、特に11月末から12月にかけて出航すると、ロシアに行けます。その頃の船は、外洋を航行するようにはできていません。ですから、沖に出てしまったら漂流するしかないのです。
ロシアはピョートルが科学アカデミーやモスクワ大学を作り、発展していた時代です。ピョートルが1725年に没した後、1729年にゴンザたちがカムチャッカに漂着します。
一緒に漂着した父親や仲間たちは荒くれ者のコサック隊に虐殺されてしまい、ゴンザとソウザの二人だけが生き残ります。ソウザは35歳の商人、ゴンザはわずか11歳の少年でした。東進政策を進めていたロシアの政治的判断により、二人はサンクトペテルブルクへと連れて行かれ、そこでアンナ・ヨアノヴナ女帝に謁見します。日本語教師の役割を与えられた二人は、ロシア正教に改宗し、ロシア名を得ます。
その後、ソウザは病気で亡くなってしまいますが、ゴンザはそれより3年長く生きます。その間に「新スラブ・日本語辞典」ほか6冊の本を執筆し、1739年に21歳で没します。

「新スラブ・日本語辞典」は、1965年九州大学の村山七郎教授が編纂し、出版したことにより日の目を見ることになります。私はアメリカに留学中、アリゾナ大学のオリエンタルライブラリーで、懐かしい言葉が書かれたこの辞書をたまたま手にして、とても驚きました。
この辞典を読むと、語彙の豊富さ、素晴らしい想像力、人間力を発揮している訳に驚かされます。これは、年長のソウザと話をするうちに培われたものだと思います。ロシア語の場合、18世紀以降であれば、どこにいても誰の言語でも通じる言文一致の言葉です。今の時代もほとんど変わりがない。ロシアは広大な国である以上、言語統一には大きな意味があるからです。
それに比べて当時の日本は藩政で、お国によって全然言葉が違います。この辞典は、ボグダーノフというロシア人の協力による約12,000語のロシア語の薩摩弁訳です。薩摩の方言を詳しく知ることができる、当時としては素晴らしい内容です。ゴンザの訳は、今の薩摩弁と同じで、しかも物語性のある言葉なので、造語でもわかります(下記「ワルカコトスルトコル」、「ココロジェウェツカント」の答えを参照)。
しかし日本語訳というより、薩摩弁訳であり、ごく狭いところでしか通じない言葉であるのは残念なことです。

ゴンザの詳しい出生地はわかっていません。鹿児島では今、手柄の取り合いのようになり、みんなが自分のまちの出身だと主張しています。言語学的に調べても、ここ、という決め手がないのですが、私は自分の出身地、阿久根ではないかと思っています。
答え:
イロファ     いろは→アルファベット
シャムセン   三味線→バラライカ
アヲモイ     ウォッカ
アマザケ    ビール
ワルカコトスルトコル  悪いことするところ→遊郭
フォドケ     仏→神
キョデ      兄弟
スモトイバ    相撲を取るところ→競技場
シオシタブタ  ハム
オイ       私
ニョボモツ    妻帯者
ココロジェウェツカント  心で追いつかん→理解できない
イキタモン   生きたもの→動物
ファット     法度→してはいけないこと
トノジョモタン  未婚の若い女性
ニセ       (青)二才→青年