極東の窓

ロシア極東連邦総合大学函館校がお送りする極東情報満載のページ。
函館から、ウラジオストクから、様々な書き手がお届けします。

私の故郷・イルクーツク

はこだてベリョースカクラブ

2026年度の一般向け文化講座「はこだてベリョースカクラブ」が5月18日(月)にスタートしました。この講座は1999年に始まり、28年目となりますが、今年が最後の開講となります。12月14日(月)まで計6回開講予定です。今年度は過去最高の33名の方々が申し込まれています。以下、第1回目の講話内容です。

テーマ:私の故郷・イルクーツク

講 師:デルカーチ・フョードル(校長)

ベリョースカクラブを長いことやって来て、いろいろなテーマでお話ししてきましたが、自分の故郷・イルクーツクについて取り上げていなかったことに気づきました。イルクーツク市は「シベリアのパリ」と呼ばれ、360年前にバイカル湖の周辺、アンガラ川の岸辺に創建されました。バイカル湖には36本の川が流れ込んでいますが、バイカル湖から出ているのはアンガラ川だけです。

帝政時代から東シベリアの首都として発展し、現在も産業・科学教育の拠点です。

みなさんは井上靖の「おろしや国酔夢譚」の映画を見たことがあるかもしれませんが、あそこに出てくるのはほとんどがイルクーツクです。カムチャツカで拿捕されたとしても、監督官庁の多いイルクーツクに連れられてきます。

中国にはシルクロードがありますが、ロシアにはお茶をヨーロッパまで運ぶティーロードがあり、イルクーツクはその中心で貿易の拠点でした。

木造建築が多く、シベリアン・バロックと呼ばれる美しい建築様式があります。木造が多いため、函館と同じく大火で街のほとんどが消失したこともありました。

私が子どものころ住んでいた辺りには十字架挙栄大聖堂やスパスカヤ教会といったロシア正教の教会のほか、現在はオルガンホールになっている大きなカトリック教会もありました。

130番町という地区は函館の元町のように観光客が集まる場所となっていて、古い建物の中は改装してカフェやお店として活用されたり、そんなところも函館と似ています。私の住んでいたアパートの部屋は、今では本屋さんになっています。