極東の窓

ロシア極東連邦総合大学函館校がお送りする極東情報満載のページ。
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現在ロシアにおける年金問題

はこだてベリョースカクラブ

一般向け文化講座「はこだてベリョースカクラブ」の今年度第2回目の講話内容です。
テーマ:「現在ロシアにおける年金問題」
講 師:グラチェンコフ・アンドレイ(本校非常勤講師)
ロシアの年金改革
過去15年間に、ロシアでは年金改革が何度も行われました。その結果、年金制度は複雑になり、年金受給者だけでなく、現役の労働者や企業などにとっても分かりにくいものとなりました。今や年金制度の詳細をわかっているのは、年金基金に勤めている人だけでしょう。
しかし、最も重要なのは、年金改革の目的が1967年以降に生まれた人々のための年金制度を作り出すことだということです。現在ロシアでは年金を受け取れる年齢は男性が60歳で、女性が55歳からです。1967年生まれの人々は2022年から2027年、またはそれ以降に年金受給者となります。これは彼らにとっての問題であり、遠くない将来に起こる問題です。未来は常に興味深いものです。しかし、ここでは現在のことを話しましょう。つまり、現在すでに年金受給者となっている人々についてです。
現在ロシアに住むすべての年金受給者は、その大部分がソ連時代の企業に勤めていました。誰も年金のことなど心配する必要はありませんでした。ソ連邦の年金の制度はとても分かり易いものだったのです。
年金の額は、まず、労働期間の長さによって決められました。労働期間が長ければ長いほど、多くの年金を受け取ることができました。それでは労働期間とはどのようなものか。労働期間には大学と大学院の在学期間が入っていました。女性について言えば、妊娠していた期間と、出産後の一年間も労働期間に算入されていました。
また、年金額は給与の額によって決められました。その際、その人の生涯の最高賃金の額によって計算されていました。
さらに、年金の額は、労働条件によっても決められていました。例えば、炭鉱労働者や金属・化学コンビナートの労働者は、50歳から年金を受け取ることができました。また彼らは生産現場の労働条件の過酷さに対し、給料に特別な追加金を受け取っていました。極北の地方や極東地域で働いていた人々も、過酷な気候条件のもとでの労働に対し、特別な追加金が給料に加えられました。従って、彼らが受け取る年金の額も通常の額よりも多くなりました。
陸軍と海軍の士官は、25年間の勤務の後に、ランクと勤務地に応じた年金を受け取りました。第2次世界大戦中に前線で従軍した兵士は全員、年金の他に、前線で従事した期間や戦闘で受けた傷痍によって決められる、いわゆる「前線手当」を受け取ることができました。
生産現場での事故で労働能力を失った者は、特別な年金を受け取りました。芸術家や教師や学者は、その称号や学位によって決定される追加金が給料に加えられたため、年金額もそれに応じて多くなりました。
コルホーズの労働者たちは、長い間年金を受け取っていませんでした。しかし1960年代の経済改革で、彼らも年金を受け取ることができるようになりました。
年金をまったく受け取ることができなかったのは、専業主婦だけでした。しかし、結婚前に勤務歴があったり、あるいは大学に在学していれば、少額ながら彼女たちも年金を受け取ることができました。その他に、そうした女性の夫が職場の事故等で死亡した場合、夫の代わりに特別な年金を受け取ることができました。
働きながら年金を受け取れるかどうかは大きな問題でした。受け取ることは出来ましたが、全額ではありません。年金額の約60~70パーセントでした。かつて事務所や研究所等で働いていた年金受給者が、中小の企業に勤め始めた場合などです。その他に、軍隊に関する年金は、どんな場合であれ必ず全額が支払われました。
それでは、こうした年金の事務を取り扱っていたのはどのような機関だったのか?それは退職前まで勤めていた職場の人事部です。年金はどこから来るのでしょうか?年金は政府予算の中から政府が支払っていました。このような制度が2000年まで、大きな変更もなくずっと存続していました。
ところが、1990年代の初めに、全ての私企業が年金の積み立てをしなくてはならないという法律が制定されました。経済危機の中で、多くの企業は年金の積み立てをするような余裕がありませんでした。こうした企業の経営者たちは労働者たちに対し、「年金の問題は心配ない」と告げていました。しかし現実には、彼らはなんの対策も取っていませんでした。
当時、多くの企業が解体、または経営者が変わりました。その結果、多くの人が首を切られ、あるいは職を失い、その結果年金を受け取ることができなくなりました。最も大きな変化は労働期間の長さに現れました。失業により大幅に削減されたのです。
ロシアの年金の大きな問題の一つに年齢があります。男性は60歳から受け取れるのですが、ロシアの男性の平均寿命は58.6歳です。つまり、男性の40%が年金受給の年齢に達することができません。従って、年金の問題は基本的には女性の問題なのです。女性はどこの国でも男性よりも長生きをします。しかしロシアでは、男女の平均寿命の差はなんと15年もあるのです。
現在ロシアでは年金受給年齢を65歳、あるいは70歳にまで引き上げるかどうかが問題になっています。しかし男性の死亡率を考慮して、共通の受給年齢を63歳にするということに決まりそうです。
世界で最も億万長者の数が多い国はロシアです。しかし政府には年金を支払うだけのお金がありません。可哀そうなロシア、可哀そうな政府、可哀そうな年金受給者たち。それにしても、この億万長者たちは一体どこから生まれてきたのでしょうか?興味深い質問です。
しかしこの問題は我々の世代のものではありません。これは今後15年から20年後に年金受給者となる若い世代の問題となります。その頃には我々の世代はもう生きていないのですから。
年金基金の財政赤字
今日、年金受給者や経済学者等が注目している問題があります。それは2008年のリーマンショックの後に生まれた「年金基金の財政赤字」の問題です。年金基金の歳出が歳入を上回っており、政府の融資が必要となっているのです。
年金基金は1991年に創設されました。これは特別政府機関であり、ロシアの社会保障制度において中心的な役割を果たすものです。ロシアの年金基金の大きな特徴として、一方では国民の社会保障の機関でありながら、また一方では巨大なトラストファンドである、ということです。簡単に言えば、左手で年金のための資金を集め年金の支払いを行い、右手では年金の資金を増やすための投資を行っているのです。
基本的に、年金基金は資金をアメリカ国債に投入しています。このシステムは2008年までは上手く回転していました。しかし、リーマンショックの結果、アメリカの証券市場で巨大な損失を被ってしまいました。同時に石油原油価格が急落し、政府は年金基金を支えることができなくなりました。政府にキャッシュ(現金)がなくなったからです。
年金基金は全国に豪奢なオフィスを建設しました。これらのオフィスに勤める職員たちの給料として、国内の平均給与の何倍もの額が支払われています。つまり、年金基金の幹部は本来の役割を完全に忘れてしまっているのです。
ロシアでは、年金の額は毎年増えていきますが、物価はそれ以上に上がっています。従って、年金生活者は最も貧しい人々です。ロシアの年金受給者が多くの年金を受け取れない理由は、このほかにもあります。
灰色の給料
ロシアでは現在に至るまで大きな問題となっていることがあります。それはいわゆる「灰色の給料」です。年金の積立金は企業が「統一社会税」として支払っています。ところが、税の負担を軽くするために、企業は書類上で給料の額を少額に計上します。これが「灰色の給料」です。
書類上では、労働者は安い給料を受け取っていることになります。給料が低くなると、当然、年金額も低くなります。医療保険も低くなります。しかし、そうした企業の労働者は実際には、通常の金額の給料を受け取っています(これは「白い給料」と呼ばれています)。
「白い給料」は物価に連動して額が上がりますから、みな満足です。海外旅行をしたり、サッカーのワールドカップを楽しみにしたり、また大統領の離婚問題について語ったりして暮らしています。そして、いよいよ年金受給の年齢になります。そして、おとぎ話はそこで終わりとなるのです。彼らは、それだけではとても暮らしていけないような年金額を示され、そこで初めて、自分たちの生まれた国で、自分たちは最も余計な人間であることに気づかされるのです。