No.126 2026.01"Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

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市場

ロシア極東連邦総合大学函館校 准教授 イリイナ・タチヤーナ

ウラジオストクのスポルティヴナ通りには有名な市場がありました。そこは私の家の近くで、また中国市場とも呼ばれていました。多くの中国の品物が売られていたからです。
とても大きな市場で、何でも手に入れることができました。食料品、衣料品、あらゆる家庭用品が買え、カフェテリアや理髪店などがあって、マニキュアやタトゥーもできました。
そこにはウラジオストクの住民だけでなく、ウスリースクやアロヴァといった他の街からも買いもの客が訪れ、特に9月1日前には混み合いました。ロシアではこの日に新学期が始まるので親が子供たちを学校へ行かせる準備に、服、靴、ノート、ランドセルなどを用意しなければならないからです。
市場にはまたたくさんの魚、ホタテ、カニ、キャビアなどもありました。魚はすべて切り身ではなくキログラム単位で売られ、日本では50グラム単位の燻製鮭も半身あるいはまるまる一尾です。私の友人は冬には冷凍の魚を丸ごと買っていました。その中にはキャビアが入っていることが多いのです。
何故すべての人々がこの市場に惹かれたのか。それはここがウラジオストクで最も大きく最も安価な場所だったからです。
市場では値引き交渉を楽しめました。売主が100ルーブルと示せば、買い手は50ルーブルまけるように言えました。また年金生活のおばあちゃんたちはこの市場が大好きでした。彼女たちは毎日ここへ出かけ、何か美味しいものを買ったり、お店の人と話したり、知り合いに会ったりしました。
休暇でウラジオストクへ帰ると、私はしばしば孫のサーシャを連れて市場で過ごしました。彼女が満2歳の時から私たちは市場へ行き始めました。彼女はすぐに飽きるので気をそらすために私がまずバナナを買い、それから彼女が自分でパンを選んで食べながら家へ帰ったものです。サーシャはカッテージチーズが大好きで、よくチーズを載せたソーチン(ロシア式のスコーン)を選んでいました。
今年の8月、私たちはまた市場へ行きました。すべてはこれまでどおりでした。しかし一週間後、私は以前乳製品と塩漬けの魚を買った屋根付きの店舗を見つけられませんでした。いくつかの屋台が既に閉まっており、残っていた店の中国人たちも市場を取り壊すという警告を受けて不安になったためか、商品をたたき売りし始めていました。
函館に戻った頃、市場に最後に残った屋台が取り壊される様子を撮影したビデオが送られてきました。最終画面では、新しい住宅団地の建設計画が紹介されていました。高層ビル、学校、幼稚園、そして商店が立ち並ぶ小さな街です。
地域住民がほぼ毎日市場を訪れるという50年の伝統が突然途絶えてしまいました。でも人生は続いて行きます。私たちはこの喪失を受け容れなければなりません。
サーシャはこれからはスーパーマーケットへ行かなければならないと言っています。
ロシアのスーパーマーケットは日本より規模が大きく、品揃えも豊富です。
例えばリンゴは中国、ポーランド、クラスノダール地方、地元の沿海地方のものなどがあります。最も安いのは中国産ですが、硝酸塩が大量に含まれているのではと危惧して購入をためらう人も多いです。エジプトや南アフリカ産の果物もあります。客は野菜や果物を選ぶと自分で重さを量ります。
調理済みの料理もサラダ、様々な種類の塩漬け魚、肉料理などあり、こちらは頼めば店員が量ってくれます。
茹でたカムチャツカガニの足も買えます。多種類のパンも店内で焼いてくれるので、温かいままのことが多いのです。
一方アルコールの販売には制限があります。午後10時から午前0時までは販売されず、“知識の日”である9月1日にも販売されません。
市場も楽しかったけれど、ロシアのスーパーマーケットも面白いうえ、そこには夥しい数の品物があります。
さようなら、愛する市場!これから私たちはスーパーマーケットへ行きます!

学生からの寄稿

ウラジオストク留学を振り返って
ロシア地域学科2年 櫻井 寛人

帰国してまだ間もないが、ロシアでの2ヶ月がずっと前のことように思える。終わると呆気なかったと思っても振り返ると本当に色々なことがあった。自分は日本を出るのが初めての経験であり、いきなり2カ月も生活していけるのかという疑問と、中国の空港を経由ということに不安を抱えたまま出国したのだが、その中国の空港で最初の難関にぶつかった。
中国ではトランジットカウンターに何かしらのシステム障害が起こっていたらしく、ロシアへ飛び立つにはまず中国に入国しなければならなかった。そこでいくつかの手続きを終え、深夜にロシア行きの飛行機に乗り、朝にはロシアに着いていた。その時の心情は「着いたのか」というものだけだった。
入国時には不眠が原因なのか疲れが溜まっているのを感じ、すでに帰国の日を待ち遠しかった。だが、まだ留学は始まったばかりであり、これから2ヶ月が始まるのだ。
10月には学校関連の手続きに追われて中々落ち着くことのできない日々を過ごしたが、本学の日本語学科の学生たちと交流できる会話クラブに参加するなど、新しい出会いを作ることができた。今日本語を学んでいる学生の大半はアニメやマンガがきっかけであることが多く、「好きなアニメやマンガは何んですか」と聞かれることが多々あったが、自分はアニメを見ることはないしマンガもほとんど読んだことが無いため本当に気の合う学生はほぼいなかった。
しかし、極少数だけ日本の任侠や侍、武道が好きだという学生と知り合えたことでこの留学は楽しいものになった。ロシア人のみならずタタール人や中国人など、様々な人種の友達を作れただけで留学に行った甲斐があったと心の底から思ったものだ。
彼らは秘密のバーに自分を連れて行ってくれたり、ロシア語、タタール語、中国語を教えてくれたり、日本人のここが変だということを教えてくれたりした。彼らと接していく中でそれぞれ自分のアイデンティティに誇りを持っていることに気づいた。日本に暮らしていると周りの殆どが日本人であり、自分が日本人であると自覚することがほぼなかったのだが、ロシアに行ってから自分は日本人であり、日本には素晴らしい文化と伝統があり、それに誇りを持ってもいいのだと今更ながら気づかされた。

ウラジオストク留学を振り返って
ロシア地域学科3年 一ノ渡 夏菜

来年も必ず留学へ行くことが出来ると信じてウラジオストクを後にしてから一年後、私にとってそこはすでに第二の故郷となりました。彼ついてすべてを知っているわけではないのです…ですが…私はそう言い切ります。初めてではない景色に、バスの馴染みのアナウンス、そして乗り方も理解しています。少し街を歩けば去年、友人と共に行動したという幻影が浮かび上がるほどで、微かに笑みが零れました。それだけ私にとってかけがえのないものでした。私たちはバス停からさほど遠くない2.4寮を与えられ、去年住んでいた寮よりも賑やかな印象の場所でした。
そこにはインド人、中国人が多く住んでおり言葉も通じないので少し怖いという感情がありましたが、何度か顔を合わせる度に彼らは笑顔で接してくれ翻訳アプリを通じて会話をしました。そして彼らと連絡先を交換しました。私が救われた言葉があります。【困ったときは、何でも言って。僕らは仲間でしょ?】と。
そして日々の勉学も滞りなく済ませることができました。函館校で学んでいる時に比べ、進度はあまり早くありませんでしたが、自身の弱みを見つけることが出来たのと、新しいフレーズを覚えることが出来ました。授業中、ロシア語縛りというのも良い面であったと感じています。日本語が通じないからこそ、その【単語】を相手に伝えたい思いから、他の情報を言っていきイメージをつくり上げて相手に説明をします。次々と自分の知っているロシア語で話そうとする力が養われました。
私は毎日、朝は水を飲むだけで過ごし時々パン一切れとオレンジジュース少量を口にしました。なぜなら、食事に対してや日本での生活がどれほど恵まれていた環境かを知るために実践していました。そして来たばかりの頃、シャワーを浴びる際は暖かいお湯が出ていましたが、10月の中頃に近い時まで工事が入り、冷たい水でシャワーを浴びていました。部屋に暖房が入らないのと同時に私は震えながら布団に入り、そして朝を迎えました。私には、それが冒険で、新鮮な体験でした。私の今回の留学の目的は大きく分けて三つありました。教科書に出ているロシア語のフレーズ以外に使われている若者の言葉を知ること、国籍問わずの交友関係を通じて学びを得ること、そして最後に日本に暮らしている時との不自由、自由を自身の肌で感じることでした。何不自由なく日本で過ごせて、高度なロシア語授業の数々、自分がいかに恵まれているかということを自分自身で知る必要があったからです。
留学中、時間があると人に尋ねられれば首を縦に振ることはできません。なぜなら、毎週日本語学科主催の会話クラブと日本語を学ぶ学生主催の二つの会話クラブがありました。それが、別々の日にあることもありましたし、日が重なったこともありました。そのほかに、大学の事務所に取りにいかなければいけない書類もあったため、時間を見つける必要がありました。
ある時、私は遠くまでカーネーションを買いに行きました。するとすっかり忘れていたのがスマートフォン充電の残量。私は、タクシーも呼ぶこともバスを調べることもできませんでした。トボトボと歩いてたどり着いた電気屋さんに助けを求めました。店主は、私の状況を知ると、すぐに私のスマートフォンを充電してくれました。そして、私が待っている時間疲れるだろうからと椅子まで用意してくれ、コーヒーをすすめてくれました。そして帰りには、バス停までの地図も描いてくれ、彼の行動は私の心をあたたかくしました。私は、何か御礼をすると申し出ましたが、「心配しないで、大丈夫だよ。今度コーヒーでも飲みに来てよ。ロシア語の勉強頑張ってね」と言葉をくださいました。感謝しております。
私は、ロシアを愛しています。彼らとずっと一緒に生きたいです。授業中、私たちの教授は、あることを言いました。【ロシアでの生活は、毎日悩みなんて無い。楽しいことばかりだ】というあなたの言葉に激しく同意します。

ウラジオストク留学を振り返って
ロシア地域学科3年 渡邉 晟矢

昨年に続き実施されたウラジオストク留学、私は今回も参加が叶った。前回はデルカーチ校長引率の下に留学実習が行われ、一か月間サポートが充実していたため、不安は少なかった。しかし、今年は引率の先生はおらず、私が責任者として様々な手続きを率先して行う場面が多かった。
留学地に到着しても様々な手続きを行わなければならない。住所登録、身体検査を受けての健康状態の登録等が必要であり、ウラジオストクに到着してから巨大な本学の中をあちこち回って書類にサインをもらったり、登録書の申請をしたりとにかく忙しかった。二、三週間ほどしてある程度周りが落ち着くと、次は極東大学本学の日本語学科の先生方と連絡を取って交流会の段取りを決め、現地日本語学部の学生たちとの交流が始まった。極東大学は帝政時代からロシア東洋研究の最前線に立つ大学で、日本語学部はそのなかでも人気の高い学部である。日露両国の交流が停滞している今、私たちの様にロシアを訪れることができる学生の数は極端に減り、ロシア人学生たちにとって“初めての日本人”になる機会も多かったようだ。また交流会以外の場でも、去年から付き合いのある学生たちと町に出かけたり、今年知り合った人友達たちと夜遅くまで話し込んだり、留学全期間を通して日本語学部の学生たちのおかげで退屈しない自由時間と休日を過ごせた。
私たちは留学期間中は本学ではなく、極東大学に付属する外国人の為のロシア語学校で学業に励んだ。ロシア語学校は町の中心地にあり、私たちはルースキー本学キャンパス内の寮から毎日一時間ほどかけて学校まで通い授業を受けた。クラス分けの結果、最もレベルの高いクラスに皆振り分けられ、そこで会話と文法の授業を毎日受けた。クラスの学生と先生たちとはとても良好な関係を築き、授業終わりに皆で町のグルジア料理屋やウズベキスタン料理屋に行ってランチをしたり、先生を交えてマリインスキー劇場にバレエを見に行ったりした。授業自体もとても楽しく、会話の授業ではお互いにテキストに対する意見を述べあった。ロシアや自国の魅力についても会話を重ね、そのたびに新しい視点を得た。
また、今回の留学ではフリーの時間も満喫した。去年と比べて、自身のロシア語にある程度の自信を持った私は、様々な場所を歩いて散策した。美術館、博物館、軍事史跡、教会、路地裏、市場、喫茶店。憧れのロシアを一人で歩き、お気に入りの場所を見つけて、様々な人と交流した。ロシアの人々は皆暖かく、一度打ち解けると友達のように仲良くなる。
一度、キャンパスから離れた公園を散策した時、帰りのバスを逃してしまったことがある。次のバスまでまだ待たねばならないと落胆していたとき、たまたま公園で会話を交わした老夫妻が私を見つけ、自分たちの車でキャンパスまで送ってくれた。その時はロシア人の気遣いというか、一度知り合った人とはとことん付き合うマインドを間近に感じられた経験だった。
2カ月の間本当にたくさんの困難に直面した。具合の悪いクラスメイトを救急病院に連れて行ったり、登録書類の受け取りに苦労したり、銀行や携帯会社で昨年抱えたトラブルを解決しなければならなかったりと問題は様々だった。しかしその一つ一つを乗り越えた経験が、私のロシア語力と精神を成長させ、大事な友達とのかけがえのない時間を与えてくれた。
羽田空港に到着した時、無事に留学を終えたという安堵と一緒に押し寄せた感情は、ロシア、ウラジオストクへの強い哀愁だった。今も夢に見るバスの車窓から眺めたウラジオストクの景色、二ヶ月を過ごした寮の部屋、深夜まで凍えながら歩き回った暗いキャンパス、どれも鮮明に思い出すことができる。
今回ウラジオストクで出会って交流を重ねた友は、別れ際にこんな言葉を私に送った。
「君子の交わり淡きこと水の如し」。「荘子」からの引用で、本当の親友同士の付き合いはさっぱりとした清流の様に清く澄んでいる。どこにいようとその友情は変わらないことを意味する言葉だ。
私もまたロシアを訪れ、大事な人に会い、まだ見ぬ景色を見に行かねばならない。そのために、次の機会がいつ訪れるかわからないことを不安に思わず、再び勉学に励もうと思う。ウラジオストクで得た経験、出会った人々との思い出はどこにいようとも変わらないのだから。
最後になるが、今回の留学実習を支えてくれたあらゆる人々に、最大限の感謝を捧げたい。

本学日本語学科にて、プラーソル・アレクサンドル教授の日本史の講義に参加

АБВГ-Day出場記
科目等履修生 阿部 眞澄

12月10日、第18回АБВГ- D ayが挙行されました。唯一の条件はロシア語で行うこと、後は学生が自由に詩の暗唱や発表などを行うという毎年恒例の学内行事です。
今回、科目等履修生である私も出場を打診され、つい引き受けてしまいました。私は2020年3月に当大学ロシア語科を卒業しています。この発表会には学生当時の苦い思い出がありました。そのリベンジなるか、そして世代のかけ離れた者がひとり混じることで会に少し面白味が増すかもしれないと独りよがりに自分の出場を理由づけたのです。
テーマを『相馬哲平と旧相馬家住宅』に決めました。現在旧相馬家住宅は観光施設になっています。私は今年からここに関わり始めましたが、以来相馬哲平は函館へ貢献した割には認知度が低いと感じて来たので、この際紹介してみようと思い立った訳です。
日本語文を作り、翻訳し、ソフィア先生に添削して頂いて、お手本に読んで録音して頂いて。一連のプロセスにおいて懇切丁寧に指導して頂き大変ありがたく思っています。
その先、聴いて、読んで、暗記してという段階ではこんな大変なこと、辞退すれば良かったと後悔の念がよぎりました。しかし就寝時に目を閉じても露文原稿がそっくり眼前に浮かんでくることがあり、こんなに夢中になれるものが今もあるのは幸せだとも思いました。
出場した他の4名はもちろん現役の大学生です。当日は皆さん、留学時の経験やロシア語を学ぶ中で出会った関心あるテーマについて、流暢なロシア語を駆使して堂々と発表されていました。こうして修得したロシア語を糧に今後いっそう成長していかれる姿が想像できて、頼もしく、エールを送りたくなりました。
一方私は、今回も完敗でした。懸命に暗記したはずの文章は瞬時にどこかへ飛び去り、また以前にはなかった質疑応答タイムまで設けられて、逃げ出したくなりました。
リベンジと意気込んだものが苦い思い出の上塗りになってしまいましたがこれは今後の自分への激励と捉えています。        
終了後は和やかなお茶会で、落ち込みも少し癒えて、皆さんと楽しい時間を過ごすことができました。
このような機会を得て、関わってくださった全ての方々に感謝いたします。
いつかこの思いを払拭できるように、今は性懲りもなくまた終わりのない旅へ出る気分です。

創作『流るる時に抗はばや』
ロシア語科1年 近藤 昌人

ただ淡々とコツコツと、ハイヒールで地を踏む音が耳から耳へと通り過ぎる。どこか儚げなその音の持ち主に目をやると、そこには一人の美しい女性がいた。しかしそのメリハリのあるボディラインを見るに彼女は人間ではなく、間違いなく”トゥーン”であることは確かだ。立体的でないことを見るに彼女はかなりのご年配か…あるいは日本のような国から来たのかもしれない。しっかし…周りの黒い枠線がアニメカラーに溶け合い茶色く変色してしまっている。あのままだと線が完全に消えるのも時間の問題かもしれない。よほど生活に苦労しているのだろう。数多もの娯楽に溢れた今の時代、彼らも食っていくので精一杯なのかもしれない。それにしてもあの顔どこかで…。うーむ…。
しばらくその場で考え込んでいると、スクリーンに該当する名前が少しずつ思い浮かびあがってきた。M…i…。

…。

嘘だろう。しかし…ありえない。
思いがけず何度も目を掻きむしっては凝視したがどうやら私の目もまだ衰えていないらしい。

どうして忘れてしまっていたのだろう、初恋の人なのにも関わらず。真っ赤な赤毛に特徴的なフィンガーウェーブであしらったその端麗な顔立ち。色は少し抜け落ちてしまっているが、作品内でもよく小道具として使っていたピンクのポシェット。そしてサングラス越しでも分かる彫刻のような整った瞳。あれはきっと…いや絶対に…。私は思わず童心に帰ってしまったが如く歳のことなど疾うに忘れ、恥ずかしながら柄にもなく大きな声で彼女を呼び止めてしまった。

「あの!失礼ですがMissヘレナさんですよね!『トム・ザ・キャット』や『チキチキマシンレーシング』、そしてあの名作『夢でまた会いましょう』に出演していたあの!」

スチャッ…

「懐かしいわね、そのタイトルも。このところもう何十年も耳に入らなかった。」
「ということはやはり!」
「そう。私がそのMissヘレナよ。」
「…でも、その役名で活躍していたのももはや過去のこと。ついにさっき、プロダクションには別れを告げてきたの。」
「えぇ…!!それはまたなんで!」

「…。」

「時の流れというものは全てを変えてしまう力がある。でも時には、その流れに抗う必要もあると思うの。…いや、抗いたかったの。嫌ね、柔軟な発想を受け入れられなくなるということは…。」

「でもね、覚えていてくださって嬉しいわ。私も…誰かの何かになれていたということだものね。ありがとう、かつて楽しみにショーを観てくれていた僕。それじゃあ…私はこれで。」
彼女はそう呟くとショーの中で度々やっていたお決まりのポーズを最後に決め、そのままどこかへと去って行ってしまった…。

短 信

オトナのマトリョーシカ絵付け体験教室

12月6日(土)、恒例のオトナのマトリョーシカ絵付け体験教室を開催しました。函館校では2014年から毎年、夏休みに小学生向けの教室を開いていますが、大人向けに開催するのは今年で5回目となります。今年も定員10名の参加者が、自分だけのマトリョーシカの絵付けに挑戦しました。
講師となったデルカーチ・フョードル先生が、マトリョーシカの歴史や伝統的な民族衣装の構成について説明しました。続いて、先生が鉛筆で下絵を描いた白木のマトリョーシカにそれぞれが好きな色を塗り、乾かしては模様を付け、最後に顔を描き入れます。例年は前面のエプロンの模様として先生がお花の下絵を描いてそれを塗りますが、今年は参加者が好きなものを描き入れることにしたところ、馬、愛犬、フルーツなど思い思いの作品に仕上がりました。さすが、みなさん絵心のある方々です。
表面を保護するためのスプレーをかけて完成です。3時間かけて個性豊かに仕上がったマトちゃんたちです。

АБВГ-Day

12月10日(水)、第18回『АБВГ- D ay(アー・ベー・ヴェー・ゲー・デイ』を開催しました。これはロシア語学習の促進を目的に全学生が参加する学校行事で、学年の垣根を越えて日頃の学習の成果を競い合いました。
今年は個人発表を充実させ、昨年までの一人3分の持ち時間を10分に拡大、ロシア語による質疑応答タイムも設けました。学生に科目等履修生も加わり、自身の興味あるテーマで発表を行い、会場からの質問に即座に答えました。
終了後は食堂に場所を移し、表彰式ならびにお茶会となります。教職員が厳正に審査した結果、ウラジオストク留学時に訪れた中国市場での買い物の様子を再現したロシア地域学科2年 櫻井寛人さんが第1位を獲得しました。そのほかの受賞者は以下のとおりです。


<個人の部>

第1位  ロシア地域学科2年 櫻井 寛人
発表 『Китайский рынок の歩き方』
«Как гулять на Китайском рынке»

第2位  ロシア地域学科3年 渡邉 晟矢
発表 『私の友達ボーリャと小さなタイムマシン』
«Про моего друга Борю и маленькую машину времени»

第3位  ロシア語科1年 近藤 昌人
 発表 『現代ヘブライ語の父』
 «Отец современного иврита»

審査員特別賞  ロシア地域学科3年 一ノ渡夏菜
発表 『あなたが私に語りかけるもの』
«То, что открыла мне Цветаева»

ベスト内容賞  科目等履修生 阿部 眞澄
発表 『相馬哲平と旧相馬家住宅』
«Сома Теппей и бывшая резиденция семьи Сома»

学務課お知らせ

卒業試験日程
ロシア地域学科4年生は、下記の日程で卒業試験を行います。場所は3F講堂です。
1.修了試験     3月5日(木)
2.卒業論文審査会  3月6日(金)
     
後期試験日程
1.ザチョット : 2月24日(火)~3月2日(月)
2.エグザメン : 3月3日(火)~3月13日(金)

出席率不足の学生は
本校は出席率80%以上が期末試験の受験資格となっています。出席率が低かった学生は受験資格を得るため担当教員の指導を受けてください。

学年末休業
3月16日(月)から4月3日(金)までの期間は、学生の学年末休業となります。事務局は通常営業しております。

令和8年度 授業開始日と教科書販売について
前期授業は4月6日(月)から始まります。教科書は、当日の1限目開始前に事務局にて販売します。金額については、改めて掲示板とメールにてお知らせします。

ご寄付のお願い

ロシア極東連邦総合大学函館校へのご支援を賜りたく、広く寄付を募っております。みなさまのご協力を心よりお願いいたします。
【寄付金の使途内容】
令和9年3月予定の閉校に伴う修学・雇用対策に資する目的の費用に充当します。
【募金金額(目安)】
個人 1口当たり 5,000円
法人 1口当たり 20,000円
【税制上の優遇措置】
当学校法人は、特定公益増進法人および税額控除対象法人に該当するため、税制上の優遇措置が講じられています。
【払込方法】
事務局にご連絡いただければ、①こちらから集金に伺います(函館市内に限ります)。②事務局へご持参いただく。③現金書留にて送金いただく。④下記銀行へお振り込みいただく。
学校ホームページより「寄付申込書」をダウンロードするか、氏名・住所・電話番号をメールやFAXにてお知らせください。後日領収書等送付させていただきます。

※ 恐れ入りますが、振込手数料は寄付者にてご負担ください。詳細については、こちらもご覧ください。

<ご連絡またはお問合せ先>
ロシア極東連邦総合大学函館校 
事務局  TEL: 0138-26-6523

お知らせ

2026オリジナルカレンダー販売中

今回で10年目となる、毎年好評のオリジナルカレンダー、2026年版の販売をしています。今年9~11月にウラジオストクに留学した学生、およびモスクワ在住の卒業生が撮影した“今のロシア”の写真を使用しています。
月や曜日にはロシア語も配し、ロシアの祝祭日も加えてありますので、ロシア語学習にも役立ちます。
極東大学事務局にて1部500円で販売中です。販売収益は学生自治会に繰り入れ、学生の活動に活用させていただきます。

販売価格      1部   500円
郵送ご希望の場合  1部   610円(送料込み)

郵送を希望される場合は下記要領に従ってお申し込みください。
* 複数部ご希望の場合は送料が変わりますので、その旨お問合せください。
* 日本国内に限ります。
今年より、切手でのお支払いができなくなりました。お手数ですが、下記いずれかの要領にてお支払いをお願いします。

1.振り込みの場合
メールまたは電話にて、送付先の住所・氏名・電話番号をご連絡のうえ、上記料金の額を銀行口座にお振込みください。振込手数料は購入者にご負担をお願いします。
<振込先>
北海道銀行函館支店 普通 1438560
 (名義)学校法人 函館国際学園


2.現金書留の場合
上記料金の額を現金封筒でお送りください。その際、送付先の住所・氏名・電話番号をメモ同封でお知らせください。

(お申込み・お問合せ) 
ロシア極東連邦総合大学函館校事務局 
営業時間:平日9:00~17:00
〒040-0054 函館市元町14-1
TEL 0138-26-6523 E-mail info@fesu.ac.jp

詳細はこちらをご覧ください。

(昨年の実績)
販売        178冊
学生自治会に繰り入れた収益 51,264円
*みなさまのご理解・ご協力に感謝します。

2026年度公開文化講座はこだてベリョースカクラブ開講予定 受講生募集

この講座は、本校のロシア人教授陣を中心に、毎回交代で違った角度から日本語でロシアについての話題を提供し、理解を深めていただく公開文化講座です。
2026年度は、下記日程とテーマで実施予定です。年6回開催し、各回15:00~16:00の60分です。申込の締め切りは2026年5月7日(木)で、日程は下記のとおりです。
年会費 3,000円
本校学生は無料で参加できます。

<日程> 年6回  テーマ未定、担当講師予定
5月18日(月) デルカーチ・フョードル
6月15日(月) イリイナ・タチヤーナ
7月13日(月) スレイメノヴァ・アイーダ
9月28日(月) イリイナ・ソフィア
10月19日(月) 倉田 有佳
12月14日(月) イリイン・ロマン

昨年のベリョースカクラブの様子

今年度ロシアまつりは開催しません

例年多くの市民のみなさまにご来場いただいた「はこだてロシアまつり」は、昨年の第27回「大感謝祭」をもちまして終了いたしました。 
卒業生や市民のみなさまから、当日お手伝いのお申し出などいただき、開催を望む声も多いのですが、今年度より学生募集を停止したため、開催を準備できるだけの人員がおりません。
これまでのご愛顧に心より感謝いたします。

卒業証書授与式等案内

令和7年度第31回卒業証書授与式は、次の通り挙行します。

○卒業証書授与式
日時:3月14日(土)午前10時
場所:3F 講堂

○卒業式リハーサル
卒業式前日の13日(金)10時より講堂で行います。卒業予定者と送辞担当者は必ず出席してください。

○自治会主催 卒業生を送る会
14日(土)卒業式終了後に講堂にて開催します。

※卒業式、自治会主催 卒業生を送る会は、学生全員参加となっています。
※同窓会パーティーは実施しません。

各行事についての詳細は、掲示してお知らせしますので学生は各々確認してください。

函館日ロ親善協会からのお知らせ
10~12月の主な活動実績

〇現在、主だった活動はできておりません。

≪係より≫

2~3年生がウラジオストク留学実習から無事帰国し、楽しい報告を寄せてくれました。先輩方が留守中の2ヵ月、文筆活動に励んだ1年生近藤昌人さんの創作を今回掲載しました。4年生はこの間、体育・小林礼先生の指導の下、初めての編み物でいきなり靴下に挑戦し、見事片方を編み上げました。もう片方は冬休みの課題です。ロシア語の勉強に限らず、何にでも臆することなく挑戦できるのは学生時代の特権ですね。本年もよろしくお願いいたします。(大渡)