学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.106 2021.01 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

コロナ禍の渦中にあって想うこと
ロシア極東連邦総合大学函館校 教授 倉田 有佳

 2020年は、「新型コロナウイルス」、「コロナ禍」の影響を強く受けた1年だった。本校でも一時期授業がオンラインで行われた。
 私生活においては、これまでは2カ月に1度のペースで札幌や東京で開催される研究会に参加していたが、軒並み中止、もしくはオンラインに代わった。秋以降に多くの研究会がzoom開催に転じ、筆者が参加した研究会や講演会の回数は既に10回近くに及ぶ。このうち2回は、ウラジオストクと結んで行われたオンライン交流会だった。
 学生時代から旅に出るのが好きで、大学時代は「ユースホステル・クラブ」に所属していた。その後も、国内外の旅を続けてきたが、ふと思い出されるのは、モスクワに暮らしていた1990年代前半、大学寮の同じ階に住んでいた親友ジーナとの ボロジノ行きだ。 ジーナのことは、学報 94号でも触れたところだが、カスピ海の北西に位置するカルムイク共和国の首都エリスタ出身のカルムイク人で、当時はモスクワ大学で民族学を専攻する大学院生だった。
 ボロジノは、モスクワから西へ100キロに位置する町で、ナポレオン戦争の「ボロジノの戦い」で知られている。だが今回の目的は観光ではない。足に塗ったら歩けるようになったという薬草液を手に入れるためだ。筆者はその道連れだった。というのも、当時のロシアは、ソ連崩壊直後の経済的社会的混乱の真っただ中にあり、女性一人で列車に乗って遠出するのは危険だったからだ。
 1泊するというのに、ジーナの荷物は黄ばんだポリタンク1つだけで、着替えもタオルも持たずに列車に乗り込んだ。その晩は、ジーナの友人の知り合いの知り合いというロシア人女性のところに泊めてもらった。翌日は早朝からバスに乗り、薬草液を作っているという女性が暮らす村を目指した。
 ロシアの田舎でよく見かける平屋の木造家屋から出てきたのは、魔法薬でも作りそうな老婆ではなく、普通の中年女性だった。裏庭には様々な草が生い茂っていた。薬草液をポリタンクに入れてもらう間、その液を足に塗ったおかげで立って歩けるようになったという少女の話を聞き、液の塗り方の要点を教えてもらうと、すぐさま家を後にした。だがバスの本数は少なく、駅まで歩くことにした。丘を越え、延々と続く乾いた田舎道を歩き続けた。2時間以上歩いたはずだが、ジーナがポリタンクの重さに音を上げることはなかった。というのも、この中の液体は、彼女の無二の親友、エルザを再び歩けるようにさせるかもしれない希望の光だったからだ。
 筆者が初めてエルザと会ったのは、モスクワの大きな病院だった。当時はまだ、ソ連時代の福祉制度が残されており、年に数回、無料で首都の病院までリハビリを受けに来る権利があったのだ(この数年後、有料化された)。エルザが車いす生活を強いられるようになったのは、ジーナに会いにモスクワにやって来た時、不幸にも交通事故に巻き込まれたためだった。二人が乗っていたタクシーが交差点に差し掛かった時、信号を無視して突っ込んできた車と衝突し、エルザは後部座席から車外に投げ出された。最初エルザは助手席に座っていたのだが(助手席は後部座席よりも上位と考えられていた)、前の席は怖いと言ったため、ジーナは席を代ってあげた。事故はその直後に起こった。事故後もエルザはエリスタでジャーナリストの仕事を続けていたが、以前のように取材のためあちこち飛び回る自由は奪われた。
 「事故に遭ったのが自分だったら良かった。不自由な身体になっても、親族の誰かが手助けしてくれる。でもエルザには父親しかおらず、父娘の関係も良くない」。ジーナの後悔は止まなかった。
 カルムイクの祈祷師から、「エルザは人生で与えられた以上の距離を移動したため、自分の足で歩けなくなった」、と言われたことをジーナが真剣な顔で筆者に語ったこともあった。祈祷師や薬草液の奇跡について日本で聞いたなら、「何をばかな!」と笑い飛ばしていたかもしれない。だが、混迷を極める当時のモスクワでは、人の力を超えた何か目に見えぬ力の存在を感じることは多々あった。未来、いや明日のことすら見通せぬ不安定な社会にあっては、自分一人の力ではどうにもならないことばかりだ。家族や友人とはもちろん、見知らぬ者同士でも、有用な情報は交換し合い、ごく当たり前に手を差し伸べて助け合い、不足分を補わなければ生きてゆけない。「情けは人の為ならず」。他人に寛容にならざるを得ない。
 このように、旅行や海外での異文化体験は、視野を広げ人生を豊かにしてくれる。ところが昨年は、新型コロナウイルスの影響で、「外」に出る自由が制限され、閉塞感にさいなまれた。他方で、ヒトやモノを介して「外」から持ち込まれるかもしれないウイルスの恐怖に怯えた。筆者のように人生をひと廻りした者ですらストレスを感じたのだから、若い学生の皆さんが、強い不安やいらだちを感じるのも無理はない。だが人生はまだまだ長い。古来のことわざにもあるように、「禍転じて福と為す」。これまでの生活に代わる新たな途を模索する中で、予想もしなかった新たな発見や可能性が生まれることもある。
 2021年もコロナ禍は当分続くだろうが、少しでも多くの人に「福」が訪れる、そのような年となることを願いたい。

学生からの寄稿

プーシキン大学短期留学に参加して
科目等履修生 中谷 嶺

 2020年9月1日から24日までロシア連邦文部科学省・ロシア連邦文化科学庁主催の第10回プーシキン大学ロシア語学短期留学プログラムに参加させていただいた。まず初めに本プログラムに関わって下さった方々に感謝申し上げたい。
 今年は新型コロナウイルスの影響もあり、オンラインでの開催となった。当初、科目等履修生という立場もあったので本プログラムとは縁がないものだと考えていたが、今できることをやろうという気持ちからであった。
 授業の前日に簡単な面接によるテストが行われ、その内容によって所属クラスが分けられた。メールで送られてきた結果にはレベルが書かれておらず、また授業初日は自宅のネット環境が貧弱なこともあり、どのレベルに所属しているか話が聞けず、分からなかった。後に函館校からの他の受講生の話を参照したところ上から2番目であったらしい。
 授業内容は月曜から木曜まで二人の教師が入れ替わりで行い、発音が週2回あり、残りはテキストの読解を通して文法事項を習得したり、架空の状況の設定下で会話をすることで実践的な力を養うというようなものであった。授業の進度に関して、一日で同じ教師が進めていくので復習する量が非常に多いこと、また内容をおそらく教師間で共有していると思われるので、別の教師であっても前日の内容を前提とした授業を行うのでハードではあったが充実感があった。課題はあまり出なかったが、3連休の間に授業中扱っていない『プロストクヴァシノ』というアニメを見て感想を書くというものがあった。どこまで考察すればいいか悩んだ末、アニメの全セリフをネット上で探した上で全訳しつつ、そこから内容を読み取るという営みにはさすがに心が折れた。
 不便を感じた点を述べれば、主にオンライン上の問題が挙げられる。語学学習という性質上、一方向での授業においては差支えないがグループ作業等において、あらぬ誤解が生まれることが多々あった。一例を挙げれば、あるアニメをグループ全員でアテレコするという課題が出され、役割分担するにあたり、作中の挿入歌を自身が知っていたこともあり(善意で)歌うことを申し出たところ、自分が歌いたいだけなんじゃないかと言われたことである。別に筆者はジャイアンでもなければリサイタルをする気もないし、もっと言えば音痴でもない。(もし何かの縁でこの原稿を読んでいたらあなたを責める気はないから許してね。)なお、歌に関しては教師側がyoutube上で音声をきっちり流してくれたので受講者の三文芝居がダダ滑りしたのは言うまでもないだろう。
 さて、多少愚痴も出てしまったが、本プログラムを通じて、不足していた単語量が大幅に増えたこと、ロシア人とメールでコンタクトを取るのが以前より億劫ではなくなったこと、ロシア語しか使えない、いい意味で逃げ場のない状況下においてのみ実力がつくことが再認識されたのは今回の戦利品といえるであろう。

プーシキン大学短期留学で学んだこと
ロシア語科2年 川村 美保子

 私は9月に行われたプーシキン大学短期留学プログラムに参加しました。今年はコロナウイルスの影響で2年生の必須カリキュラムであるウラジオストク留学がまさかの中止となり、大変残念に思っている中での事でした。
 最初にこの件を聞いた時、応募するべきか悩みました。授業はZoomでのオンライン形式、なおかつ夏休みを大幅に返上した日程、また夕方スタートの授業に合わせた生活など、ついていけるのかが不安だったからです。しかし、普段とは違う先生に授業をしてもらえる貴重な機会だと考え、思いきってチャレンジしてみることにしました。
 私のクラスでは、モスクワの建物や歴史、人物の外見・性格・服装、ロシア芸術(バレエ・絵画・歌)、ロシア語のイントネーションなどを学びました。授業はすべてロシア語でしたが、問題なく内容が理解できました。極東大学で過ごした1年半で、随分語彙が身についていたんだなと少し嬉しくなりました。
 授業中に学生同士が2人組で会話を作ったり、自分の考えを全体に向けて発言する機会が多くあり、それも良い刺激になったと思います。他大学の人と比べて私は長文作成が苦手だと感じ、まだまだ頑張らなければ、という気づきにもなりました。毎日の密度が濃く、あっという間の3週間でした。また先生のモスクワ弁(Москваがマスクヴァではなくモスクヴァなど、アクセントのないоの発音が違う)もたまに聞き取ることができて楽しかったです。
 今振り返ってみると、オンラインならではの苦労もありました。通信不良で画面が固まってしまったり、Zoomのチャット操作をミスしてしまったり、テスト用のサイトにログインしたいのに上手く開けなかったり…。でも、それらも含めて、いい経験となりました。今回このプログラムに参加することができてよかったです。そしていつの日か、この記憶を辿りながらモスクワを訪れてみたいと思います。

プーシキン大学短期留学で学んだこと
ロシア地域学科1年 弓田 眞悟

 今回初めてプーシキン大学の短期留学に参加しました。しかしながらコロナウイルスのせいでロシアへ直接行くことはできず、オンラインで実施される授業に参加する形でした。それでもいい経験になったと思います。ただ、オンラインであったため現地の先生の言っていることが雑音で聞こえなくなるなどの問題はありましたが、それは次第に慣れました。
 行った内容はロシアにおける衣服、職業、食などや人の見た目などの単語をロシア語で学び、そのあとにドラマなどを見てロシア語で自分の意見を言う授業が多かったです。自分の意見をロシア語で話すのは難しく苦戦しましたが、これがいい経験になりました。
 ロシア語だけではなくほかの言語にも共通して言えることだと思いますが、やはり下手でもいいから自分の気持ちを伝えることだと思いました。私はまだ一年生なのでたどたどしいロシア語でしたが、オンラインだとジェスチャーも100%使えるわけではないので、現地の先生に自分の伝えたい内容がほぼ言葉だけで伝わった時の嬉しさは忘れられません。

 今回、私は昼間通常通り学校に登校し、夜はオンライン授業を受けるという生活を選択しましたが、次回同じような遠隔留学に参加する場合は、日常の学校か、遠隔留学どちらかに絞ろうと思いました。なぜかというと留学も日々の授業も覚えることが別物でやることが多く、一歩間違えると倒れてしまうかもれないからです。
 逆に現地に行けないのは残念でも、いい面がありました。それは留学しながらアルバイトをすることができたことです。家賃や生活費などは自分で工面しているので留学している間も空き時間を無駄にすることなく、働くことができました。
 しかし、今度は本当にロシア留学したいものです。その時はもっとロシア語を上達させてもっと上のクラスで学びたいと思いました。

WIKIロシアⅡでの活動を通して
ロシア語科2年 小栗 大和

 今回、一つのグループのメンバーとして一人一人が活動するには、色々と難しい要素がありました。それぞれ別々のテーマで取り組むものでしたので、当然といえば当然ではありますが、それでも協力が可能かつ必要な場面は多々ありました。同学年のメンバー誰もが、私含め、ウィキペディアの編集経験がなかったので、その協力が必要な場面とはつまり、主にウィキ固有の構文に関する未知と、その解決を早める情報共有のことです。それぞれ自力で調べて会得するとなると冗長になるので、担当した翻訳を終え手が空いた者、私の務めはそこにありました。遠隔開催の都合で今回は形式上のものだったとはいえ、一応リーダーを担った者が比較的短めのページを翻訳して終わりというのも如何なものかと思っていたので、他メンバーの補助に回ることで、上手くできていたかはともかく、それらしいことはできた様な気がします。
 翻訳の補助といっても、叙述する物の実態を、訳を手伝う箇所以外から知っておかないと致命的なミスをしかねないので、全身まで浸かる程に他人のテーマに首を突っ込むことになるわけです。基本的に、アニメシリーズのテーマを担当するメンバーを手伝ったのですが、学術記事よりもずっと、使用が限定的で解釈困難な専門用語が多いので、より難易度高めに感じました。具体的には、システム的に煩雑な、ページの脚注部分を主に手伝ったのですが、外部リンク先のニュース、団体のホームページ等の熟読も欠かせないので、特殊な分野のページは、実際に訳をする文章の長さに対して、かかる時間は計り知れないところがありました。
 ところで件のウィキの構文に関して、海外ページ翻訳で一番の障害になるのは、なんといっても移植不可能なテンプレートです。これがあった場合、部分的に対応するテンプレートを日本語ページ用の物から探す必要があります。もちろん、異なるテンプレートである以上、同一の記述内容を保持することは不可能なので、その時点で翻訳困難、または不可能な要素が出てきました。こういった存在がある限りは、「結局翻訳元のページをどうにかして読んだほうがいい」という身も蓋もない話になってしまうので、個人的には何かしらの世界共通規格への統一が待たれるところです。

アカデミックリンクについて
ロシア地域学科1年 岡島 柊

 今回のアカデミックリンクについて、チームリーダーである私が報告することとなった。今年は、新型コロナウイルスの影響により、例年より大幅に規模を縮小して、特設サイト上での掲載のみ、という形となった。とはいえ重要なのは、発表ではなく、内容を作るためのその過程である。
 私達「ロシア語教育をふりかえろう会」は、「ロシア人から学ぶロシア語教育史」というテーマで参加した。ただ、「ロシア語教育」と大きく題してしまっているものの、今回は函館市でのイベントなだけあり、実際取り扱っているのは「(函館での)ロシア語教育」であることを注意されたい。
 内容作成にあたっては、倉田先生の指導の元、各自担当部分を決めた上で、文献の調査、パワーポイント作成を行ったうえで、最後にそれらの総合作業(形式統一など)をするという流れが採られた。
 先ず調査では、テーマの関係上、古い文献を参照することが多かった。
 従って、引用の為の情報を探すのに苦労したり、そもそもの文章が難解であるということがままあった。しかし良い点としては、古い文献を見ることでしか分からない、当時と現代との差異や、今の函館市民も知らない意外な情報が得られた。
 私はサファイロフ氏とカラリョフ氏についての部分を担当したのだが、調査の途中で、当時の函館でのロシア語の地位の高さや、湯川町のロシア人集落など、生まれながらの函館市民である私が今まで聞きもしなかった情報がぽんぽんと出現した。温故知新という言葉の意義について、改めて考えさせられたものだった。
 パワーポイント作成は、倉田先生による諸々の手順の説明と、各々の知識経験の共有によって、非常に有意義なものになった。論文作成に必要不可欠な引用法を知ることができたのもまた良い経験だ。特に私などは、パワーポイントなどこれまで全くといって良いほど触ってきていないも同然であったので、最も良い収穫が得られた一人だろう。
 総括して振り返ると、近代の函露関係や編集技術などと、収穫は沢山あったが、その中でも私が思う最も重要なものは、文献の引用法を始めとした論文作成のいろはである。当大学の論文アーカイブを見れば分かる通り、これを1年生から取り扱うようになった以前と以後とでは、形式の整然さの程度が明らかに異なる。それを考えると、やはり今回の本質的意義とは、これに他ならないと私は思うのだ。
 これらノウハウを来年以降の論文作成でも活かして励んでいきたいと思う。

アカデミックリンクの発表を通して
ロシア地域学科1年 弓田 眞悟

 アカデミックリンクでは私の以前学んでいた水産学の経験を生かしたものを作りたいと感じていました。しかしながらまだ一年生のため難しい内容はできないと考え、加えてアカデミックリンクではロシア語を全然知らない人もいるのでそこでロシア語では海の生き物はどのように名付けられているのかについてまとめることにしました。
 なぜ海の生き物なのかというとロシアは日本とは違い、海の生き物についての馴染みがなく広大な川が多くあるため川の生き物についての印象が強い国で名付け方が変わっていて面白いと感じたからです。
 資料集めについては前の大学で習っていたロシア語論文に乗っていたものの名前と先生に紹介された「ロシア語ハンドブック」を使いまとめました。特に誰かと一緒にやるというのではなく一人での作業だったので自分の好きなことやアレンジを組みこめてよかったです。
 反省点としてはいろいろな先生にあらかじめ見てもらっていろいろな意見をもらえればよかったというところです。やはり多くの人に見てもらう発表では様々な人が、ある基準で納得がいく説明をしなくてはならなりません。次回は、いろいろな先生や知り合いに見てもらい改善や対策の準備をしていきたいと思います。あとは反省すべき点だと思ったのはゆっくりと話すことだと思います。普段の授業の時もよく言われるのですが日本語に限らず、ロシア語も話すときの私は無意識のうちに早口になっているそうなので今のうちから直すべきだと思いました。
 また、今回うれしいことに市内の中学生の皆さんから質問をもらいました。自分の発表を見てもらえたのはもちろんのこと、自分の発表から新たなロシア語や生物に興味を持ってもらえたのはとてもうれしかったですし、意外と面白いところをついてくる子がいて面白かったです。
 次回行いたいことはロシアのバイカル湖に住むという唯一淡水にすむアザラシ、バイカルアザラシについてロシア語と日本語の文献をもとにしてまとめてみたいと思います。今回の反省点を生かして次回はよりよい発表ができるようになりたいと思います。

弁論大会に参加して
ロシア地域学科3年 伊藤 遼太郎

 私が全道ロシア語弁論大会に参加しようと思ったきっかけは、今年度予定されていたウラジオストク本学への留学がなくなり、なにか別なことでロシア語を学ぶことへのモチベーションを上げようと思ったからです。また正直にいえば、今までの学生生活において自分から学外活動をするということがなかったので、なんとなく何かやってみようと思ったからというのもあります。
 弁論大会にむけての準備では2週間ほど夜通し発表の暗記をしたり、先生に吹き込んで頂いた発表の録音を聞いて自分の発音を修正に励んだりしました。そしてその時、自分の今までの勉強への怠りが露呈し、正直やめてしまいたいと思った時もありました。しかしいったんやると決めた責任や、もしこれをやらなければサポートしてくださった人を裏切ってしまうといった義務感がこのような考えから、弱気な気持ちを一蹴し、再び練習に励むことができました。
 また今年はオンライン上での発表ということでビデオ録画を審査してもらうという方式だったので本番は大人数の前ではなく先生と他数人の前での発表でした。しかしカメラの前で発表することは思っていたよりも何倍も緊張するものであり、また審査員が繰り返し見れるということに意識がいってしまい覚えたはずの発表の文章を飛ばしてしまったり、また頭が真っ白になって何も言えなくなるなどとても大変なものでした。ただこの時も先生が緊張をどう和らげるのか、また発表を飛ばさないようにするためのコツを丁寧に指導してくださり、そのおかげでなんとか乗り切ることができました。
 今大会は結果として、一位を勝ち取ることができました。これは準備から撮影に至るまですべての指導や折れそうな気持ちを励ましてくださったデルカーチ先生のおかげであり、心より感謝申し上げます。また、オンライン発表の準備段階からサポートをしていただいた事務局の皆様にもお礼を申し上げます。

 この経験を通じて、人前で発表をするということの大変さや、周りのサポートがあっての自分なんだなと強く感じ、今後の学生生活やロシア語の勉強においてこの気持ちを忘れずにいようと思いました。

JTインターンシップ(オンライン)
ロシア地域学科2年 中澤 純

 私自身はタバコを吸うことはないのですが、お酒は飲むので、税金の比率が高い嗜好品という近い関係であるタバコ企業のお話ということ、ロシアとの関連に興味があり日本たばこ産業株式会社(JT)インターシップに参加しました。
 タバコは成分上、日本の教育はニコチン・タールの危険性ばかりで広告にもほとんど流れないので、製造側の歴史、事業、広告等根本の話を今までほとんど聞けなかったので新鮮な経験を得られました。ここ最近になって、加熱式タバコ等今までにないプロセスで摂取するタバコが登場しましたがそういった新商品が出続けるのでタバコの根本の定義が気になったのでこのような機会があり面白い話を聞けたと思いました。
 JTの日本でのタバコ事業についてはある程度目につく機会はありましたが、海外でのタバコ事業内容、海外シェア、薬剤事業など多方面のことはなかなか知る機会がなかったので良い経験でした。日頃私が買っていた中に桃の天然水があり、買う食料品の販売元とかあまり気にせず買っていたのでJTがもともと販売していたのをサントリーが買収していたという事実を初めて知り、裏面の製造元を見るというのも面白く感じ、今後やってみようと思いました。

 日本が禁煙、分煙禁煙化と叫ばれ、この先売上が減っていくだろう中以下に利益を同じようにはたまた増やしていけるか、タバコの需要が今ある副事業をうまく転換できるのか、という今後の問題点自体が面白い議題だと感じ、色々考えてみたいなと思いました。分煙、禁煙が飲食店で義務化された現在も、雀荘やゲームセンター(特に格闘ゲームコーナー)、パチンコ店等、喫煙者が多くを占める場所がある中で、マジョリティだからとこのままでいいのか、安全性、換気等はうまく回っているのか等未だ喫煙者が多いが、100%ではない場所での法整備や環境整備というのが今後の議論かと思いました。今後、なにかでロシア等海外に行く機会があったとき、タバコの喫煙スペースはどうなっているのか等見てみようかと思いました。

АБВГ-Day優勝 ロシア語能力検定1級合格
ロシア地域学科4年 竹内 のぞみ

 12月16日にАБВГ-Dayが開催された。学年の枠を超えて日々のロシア語学習の成果を披露しあう、この言語のお祭りは函館校の恒例行事であり、今年も多くの学生が思い思いの発表を行った。
 私は、他の試験準備や卒業論文作成の疲労感から、АБВГ-Dayの発表準備をなかなか始められずにいたのだが、T先生の「上級生が範を垂れないと」という言葉をきっかけに、これまで私たちに範を垂れてくれた過去の卒業生の姿を思い出し、よし、ここはひとつ頑張ってみるかという気持ちになった。
 発表の題材には、作家三浦哲郎を選んだ。彼の作品は以前より拝読しており、常々圧倒されていた。すっきりとしていて無駄がないのに、情景を余すことなく表現する彼の文章は、身に沁み込ませるようにたっぷりと時間をかけて読みたくなる。彼の作品を一人でも多くの人に読んでもらいたいと思い、彼の生涯と作品を説明しながら、私の感想も交えて発表を行った。発表はまずまずの出来で、前列に座っていた先生方とアイコンタクトを取りながら落ち着いて話すことができた。
 他の学生の発表は、それぞれの学生の個性が感じられる、面白いものばかりだった。皆スライドを用意したり、仮装をしたりなど創意工夫を凝らしていた。普段学年別で授業を受けていて交流が少ない分、一人一人の発表を見ていると新たな発見があり、刺激的で有意義な時間を過ごすことが出来た。私は今年で三回目の参加であったが、今年はこれまでの中で最もバラエティに富み、大いに盛り上がりを見せた回であったと思う。
 また私事で恐縮ではあるが、11月1日にロシア語能力検定委員会主催のロシア語能力検定試験を受け、一級に合格できたことを報告したい。合格したとはいえ今後改善しなければならない課題はまだまだある。けれどもやはり、四年間の勉強の成果が表れてとても嬉しい。
 АБВГ-Dayの盛況も、私のロシア語能力検定一級合格も、函館校の先生方の指導に多くを負っている。ロシア語においてだけでなく、幅広い知識でいつも私たちの興味を引き出してくださる先生方に改めて感謝を述べたい。

自治会ランチプロジェクト
自治会長 ロシア地域学科3年 関口 颯

 日本学生支援機構から学校にコロナ禍で影響を受けた学生支援のために20万円が助成されました。そこで、それ以前に案があったけれども実現しなかった昼食補助をこの助成金で行うことになりました。
 昼食補助の条件は、朝に体温を計測し、午前中の授業に出席していた学生であることです。また、せっかくならば食堂の利用促進もはかるため、1週間に1回食堂を利用することも追加しました。そして、その日の昼食代金を最大500円まで補助するようにしました。
 補助金は10月29日(木)から始め、12月10日(木)で使い切りました。1か月以上昼食代が補助されたことは自分も学生の一人として、とてもありがたいと思いました。
 一度は否決されたこの昼食補助はやってみると学生からも好評で、今年は歓迎会等も出来なかったので、その分に充てる予定だった自治会費を使って1月末まで延長することになりました。コロナの影響で何もできなかった中、こうした機会をいただき、学生生活を少しでも良いものにできたかと思います。ありがとうございました。