学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.105 2020.10 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

そんなこともできるの?
ロシア極東連邦総合大学函館校 副校長 デルカーチ・フョードル

 つまらない常識だね、「目の前においてあるものが一番見つけ難い」ということは。
 以前からYOUTUBEチャンネルを開設していたが、「(開始してから)5~6年かな」と思って、先日確かめてみるとなんと、いつの間にか9年も経っていた。何をアップロードしていたかな?学生と一緒にやっていた人形劇の動画(楽しかったね)、アカデミックリンク用のビデオ・プロジェクト(学生が頑張ったね)、全部で10本位だ。たまに旧友と会うと「どうだい?本は何冊書けた?」と訊かれるが、どう答えればいいか困っている。別に「世界に伝えたいメッセージ」のような特別な思想もないし、あったとしてもそれを文章の形にする能力がない。
 学生時代、フランスの哲学者ロラン・バルトによる文学論の記事をたまたま読んで、ある発想が頭に残ってしまった。文章を作る人は2種類いて、それは「文学者」と「書く人」であると。文学者は、予めの計画というよりもインスピレーションによって本を書き、書く過程の中でストーリーが勝手に生まれるし、その内容は読者にどう理解されるかあまり気にしない。一方、単なる「書く人」は読者に何を伝えたいか、最初から具体的に考えるのだ。だから文学者は有名なストーリーを生み、「書く人」は記事と論文を書くという。社会人生活の30年で確かに分かったのは、自分が文学者どころか「書く人」でも精一杯ということだ。だから「百万星」の記事を頼まれるといつも非常に心細い(笑い)。
 ほら、YOUTUBEの話から始めたのに急に文学にジャンプするなんて、文体はムチャクチャじゃないか。本題は一体何だろう?広い意味で創作ということだ。ひょっとして皆さんは、覚えているかもしれない。ロシア文化史の入門にあった話…人間活動の結果はいつも一つ「原文=TEXT」であるということ。つまり、文が必ずしも文字によるとは限らないということだ。
 書くことが苦手でも、書かなければいけない時は、せっかく書いた作品を貴重に思って当然だろう。数年前、今でも解らないモチベーションで書いてしまった文法の教科書を、何とかして出版したいと思ってきたわけだ。自分で出版社にお金を出して出版する作家や学者などもいっぱいいるけど、後でそれをまた売らなければならないから、止めようと。電子ブックにして、AMAZONとかで販売も出来るけど、そうしたくない理由もあった。教育法がなければ、教科書の価値が大きくし、おまけにAMAZON式の官僚主義というものもあるから、書く書類の他に苦手な計算も必要だ。どんな方法も試してきたからわかる。インタラクティブ教材を作るためにモバイルアプリのプログラミングの勉強までしてみたが、幸いに、勉強する間に技術が更に進むので、どうせ追いつけないと早く理解した。しかも、アプリを作るなら、教科書全体を一括で電子化しなければならないが、それは僕一人でやっていられないと思う。
 ロシア語では、«А что, так тоже можно было?»「なんだ、そんなこともできるの?」というふざけた表現がある。それは、失敗を重ねて悩んできた無能なルーザーが、物事を単純で考えただけで成功した人を見るという逸話的な事情を表す表現だ。今でもあの瞬間の自分を思い出すと笑ってしまうくらいだ。数年に渡って自分のYOUTUBEチャンネルをもって、ほかのYOUTUBEで中国語などのさまざまな勉強を楽しくして、ビデオ編集ができるのに、それにも関わらずせっかく目の前にある可能性に気づかないとはね!しかし、こういった事情にも良いことがある。それは、自分の愚かさの実感とは莫大なエネルギー源になるということだ。
 とにかく、早速動画づくりを始めた。まずは、日本語のシナリオが必要だった。ここで、鳥飼先生には深く感謝する。このデルカーチ式の日本語をいつも慎重に直して頂く世界一の校正者だからである。鳥飼先生のお手伝いがなければ、なにもできなかった。
 また、技術の面もある。どのソフトを使えばいい?まあ、古き良きADOBEのアプリに頼ればいいだろう。ADOBEのアプリは確かに素晴らしい。昔は非常に高かったけど、今だったら月3千円ちょっとで完全パッケージをゲットできる。しかし、40年にも渡って開発されてきたADOBEアプリは、未だに文字の上に力点を付けられない!例え、別のソフトで文章を作成して、ADOBE環境の中に張り付けてみても、力点がずれるか消えるかどっちかになってしまうのだ。でも、ロシア語の教材を作るなら、無数の力点を付けなければならない。どうしよう?パワーポイントの出番だ!力点を打ち込むことはできないが、ワードなどから張り付けると問題ないし、後は好きなだけのデザインや音声、アニメーションを加えて直接Full HDにエクスポートできるのだ。先ず、1本の動画を作って再生してみた。問題なく再生でき、アニメーションも音もきれいに流れる。よし、アップロードする前に、まずできるだけ沢山のPPTプレゼンテーションを作ろうと、2か月間作業していた。そこで、パワーポイントに酷く裏切られたのだ…。YOUTUBEにアップロードされる全て動画は当然、GOOGLE内のエンジンで加工される。実は、パワーポイントで作成された動画だけが、こちら側のPCで問題なく再生できても、GOOGLEのエンジンを通ると、まるでひき肉のような状態でアップロードされてしまうのだ。画像と音声の同時化がおかしくなり、一部の音声が消え、騒音も現れてくる。ああ、2ヶ月の作業+絶望から立ち直るのに1週間かかった。かなりのタイムロスだが、今度は腹が立って、やめるもんかと思った。次はパワーポイントで静画だけを作り、動くものはすべてビデオ編集ソフトで挿入すればいいだけだ。ついでに、前に使えなかったアプリも習ってきたし。例えば、Adobe Character Animatorという賢いアプリは、人間の動きをカメラでとってグラフィックソフトで描かれた2Dキャラクターにその動きを伝える。まあ、それでも自分が全くの素人だから、間違いを重ねて勉強するしかない。素人としては、どんな小さい「発見」でも嬉しい。例えば、人間の目がどんな小さな動きにも必ず反応するから、ビデオ教材の中に、一度で色・大きさ・位置などを変動できるのは、今本題になっている一つのものだけだ。同時に何か動くと、それは観客の注意を強く引き、相次いで余計な動きがあると頭痛まで起こしてしまう。色の変動を予想できない時もある。例えば、ピンク色の文字が黒い背景にも白い背景にもきれいに見える。しかし、背景がゆっくり変わると文字が途中で目を傷めるほど強くフラッシュする効果があるとか…。
 いつの間にか、観客の反応も見えてきた。日本人向けのロシア語ビデオ教材というのは極めて特殊なコンテンツで、直ぐに百万人の視聴者を集めるようなものではない。すぐに数万人を集める例外もあるが、それはだいたい勉強よりも娯楽に近いビデオだ。僕のチャンネル登録者総数は先月やっと千人を超えただけでもありがたく思うが、最近統計を見たところ、各動画の平均視聴回数が一人当たり少なくとも4回あることが分かった。つまり、繰り返し視聴し、実際に勉強するために使っているのではないだろうか。それは教師としてとても嬉しいことだ。検索パラメーターにもよるが、例えばただ「ロシア語」で検索すれば、こちらの動画がたくさんでないが「ロシア語 文法」で探すと、ちょっと自慢でもできる光景だ。皆様も、時間と希望があれば、是非検索を!
 小さいことだが、それは僕の生活に一定のリズムを与えたのだ。学校から家に帰る毎晩、家で何をするか分かっているし、しかもその作業の結果は、僕以外にも楽しみにしている人がいると思うとちょっと嬉しくなる。おまけに、教育法を常に見直し磨いていくためにも良いきっかけになると思う。だから今のところYOUTUBEはやめられない。

学生からの寄稿

卒業論文アーカイブ作業をして
ロシア地域学科3年 安井 燎大

 本校では先輩達が書いてきた論文が長年整理されない状態で保管されて来ていた。これを整理して一覧表にまとめて閲覧しやすくする作業にあたり、事務局から学生自治会に協力の要請があり、今夏それらを整理、アーカイブ化する作業に携わった。

 残っていた一番古い卒業論文と言えるものは1997年のものであった。それより以前は今のような専修学校というよりもロシア語を教える塾のような場所として機能していたらしく、この場所が現在のような場所として続いていることに感銘を覚えた。
 アーカイブ化の最初の作業は、保管されている卒業論文と卒業者名簿を照らし合わせることから始まった。本校では、卒業学年の学生(ロシア語科の二年生、ロシア地域学科の四年生)は卒業論文を提出するが、他学年も学年レポート、あるいは学年論文と呼ばれるものを学年末に提出する。この二つは体裁が似通っているため混在して保管されていることも多かった。各所に卒業年度と卒業年、平成と西暦の表記がそれぞれバラバラだったりしたので手間取った。当時管理した人が混乱してしまったのか、コピーと原本が他年度のファイルに分散して保管されていることもあり、それらの再配置を繰り返す度に、最終的には何年に誰が卒業したか作業するメンバー達も覚えてしまい、効率良く作業を進めることができた。
 残念ながら、紛失が確認された論文もあった。卒業論文というのは自分の努力を卒業生として大学に残せるものであるし、本人も苦労して作るはずである。今後は紛失など起こらないような保管形式にして、きちんとした管理が代々続いていくことを願う。
 まだまだ完璧ではないが、卒業生達の各論文の要旨を含めた一覧表の作成、剥き出しで保管されていた論文のファイル化等、一先ずこの夏の作業である程度の進捗を達成できたと思う。今後は管理が誰でも出来るようにマニュアル化することや、アーカイブの有効な活用方法の模索が課題だと考えている。

ロシア語科2年 小栗 大和

 過去の学生達が書いた論文の内容については、私としても入学以前から気になっていた事柄でした。今年の特殊な状況下、特別な形で、まとめて目を通す機会が得られたのは何とも奇妙な縁でありながら、有難いものでした。『塞翁が馬』とはこの様なことを言うのでしょう。
 作業の開始にあたって、アーカイブの要項と雛型、必要な道具は一通り揃ってはいましたが、効率化の為の、それらの応用の部分は取り組む学生のアイデアに大きく委ねられていました。手探りの状態にも拘らず、開始直後のメンバーは特に目覚ましい連携と能率を見せていたと記憶しています。判断の的確さ、速やかさという面で、共に作業に取り組んだ学生諸氏の秀でた才を肌で感じられる一幕でした。
 私が担った仕事は主に、データの整理と引継ぎと、作業メンバーに常駐することによる引継ぎの円滑化です。後者に関しては成り行きで、夏休みの大部分を割くことになりましたが、他にそうできる人も居ませんでしたし、何より、不慣れな事務作業で私が売りに出来るものというと忍耐ぐらいでしたので、それで少しでもアーカイブ完成を迅速に実現できたのであれば願ったり叶ったりです。

 合間に昼休憩がありましたが、その中で他学年との親睦を深める事ができたのは僥倖でした。進捗も半ばに差し掛かる頃、私と加えてもう1人、2人の構成が多かったので、普段は難しい、腰を据えた話ができました。各々、旅行の思い出や日頃の趣味などを聞かせてくれました。
 なかなかに手間のかかるアーカイブ作業でしたが、終えた今では今年の夏をそれたらしめる良い思い出になったと感じています。

学校紹介ビデオ作製 ~ナレーション編~
ロシア地域学科1年 上野 真由

 この夏休み、私は学校紹介用のビデオに使われるナレーションの録音をしました。高校時代は部活動で放送局に所属していたのでアナウンスの経験はあったものの、久しぶりの録音だったため少しだけ緊張しました。
 録音はビデオの撮影をしてくださった方の元で行われました。
 頂いた原稿は数分程度のものであまり長いものではありませんでしたが、学校の成り立ちや教育の面でどのような活動をしているかがわかりやすく纏められていました。
 学校用の映像にナレーションとして声を使っていただくのは二度目で、一度目は6月のオープンキャンパスが中止になったことを受けて、先生が撮影・編集を行ったものでした。内容は少し変わったものの、どちらも学校のことをよく知ることができる内容で、本校の魅力を改めて知ることができる良い機会になりました。
 以前はオープンキャンパスなどで学校に直接赴くことでしか、詳しい授業の様子や校内での学生の過ごし方を知ることはできませんでした。しかし、現在の社会様式に合わせて動画という形をとり、インターネットを通じて多くの人に知ってもらいやすくなったことは、いずれ学校にとって良い方向に働いていくと思います。
 私に改めて気づきがあったように、動画を見た方が本校に入学したいと思ってもらえれば嬉しいです。

 △現在、学校紹介ビデオと教職員自己紹介ビデオをアップしていますが、今後は学生も撮影・編集に参加し、学校行事等を随時更新していきます。

 △学校紹介ビデオは、こちらからご覧いただけます。