学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.72 2012.7 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

畠山重篤さんがやって来る!/ロシア極東連邦総合大学函館校准教授鳥飼やよい

「…そして、19世紀始めのサンクトペテルブルクで、希少で珍味とされる生牡蠣が出回ることがたまにあったのです。船が港に入ると街のダンディたちは馬車でクラブに駆けつけました。彼らはフォークで器用に殻をこじ開け、牡蠣の生身にレモンの汁を絞るとそれを舌にのせシャンパンで流し込んだのです。そしてプーシキンもその中にいました、云々…。」
 いつもと変わらぬ八幡坂の午後。その平和の象徴ともいうべきロシア民族学の授業。
 ところが、その日はいつもと少し違ったのだという。熱心に授業を聴いていた一人の学生が突然ハタ!と膝を大きく打ったというのだ。そして授業が終わると、不思議がる級友らにこう語ったという。「その時プーシキンが食べたにちがいないヨーロッパ種の牡蠣は、20世紀になって絶滅に瀕し、ヨーロッパの牡蠣を絶滅から救ったのは宮城の種牡蠣なんだよ。宮城の牡蠣とプーシキンが繋がっていたとはなあ!すごいなあ!」
 多少強引だが確かに繋がっている。目をキラキラさせて熱く語る学生の感染力はあらがいがたく、「うん、すごいね。」と皆が納得したのだという。さらにその学生は、近い将来「プーシキン牡蠣(!)」という名称を商標登録したいとまで語ったとか語らないとか…。
 その「学生」さんこそ、何を隠そう今年の極東大ロシアまつりでゲストスピーカーとして来校いただく畠山重篤さんの弟さんであり、定年退職後、本校に入学し今年3月に卒業された畠山重人さんである。愛するロシアの国民的大詩人プーシキンと出身地宮城の牡蠣との接点を見出したことの喜びを心から嬉しそうに私にも語っておられた重人さん。そのおかげで極東大が畠山重篤さんに一気に繋がり、それが今回の講演に繋がった。
 ご存知の方も多いと思うが、畠山重篤さんは宮城県気仙沼湾の牡蠣養殖業者であり、教科書等でも有名な「森は海の恋人運動」と名付けられた植林運動を推進し国内外にその名を知られた自然活動家であり、さらにまた多作な文筆家でもある。
 畠山さんは絵本「カキじいさんとしげぼう」で、海辺に住む少年しげぼうが、海と山での自然との触れ合いを通して、森林の伐採が川を通じて海の生態に与える影響を直接目にし、その体験がやがては漁師たちによる山の植林につながって行くという半自伝的なストーリーを描いたが、この本はまさに「森は海の恋人」精神のエッセンスでもあるのだ。昨年、ニューヨークでの「国連フォレスト・ヒーローズ」の授賞式へ出席のため畠山さんが渡米する際に、海外の人に手っ取り早く運動を説明する良い方法はないかと考えた時に、絵本が一番だろう、と急きょ英語版を作成し持参したとのことであった。
 「『カキじいさんとしげぼう』ロシア語版の翻訳をお願いできませんか。」畠山さんたちが函館の極東大を訪れたのは、今年3月末のことだった。
 京都の総合地球環境学研究所が5年の年月をかけて実施した「アムール・オホーツクプロジェクト」の成果として、アムール川からオホーツク海、さらに親潮を介して三陸海岸に至る森・川・海の自然の輪が明らかになった。このことは、海を見据えて山での植林運動を推し進める畠山さんたちにとって願ってもない朗報であったが、この自然の輪の起点がアムール川にあることから、ロシアに住む人々、特に将来の担い手である子供たちに、自分たちを取り巻く自然の大切さを『しげぼう』を通して伝えたいという思いが生まれたとのことであった。私たちはもちろん一も二もなくそれを引き受けることにした。
 そのことが縁で、今年7月14日の本校のロシアまつりの際に、北海道の聴衆を前に初めて函館で畠山さんがお話をしてくださることとなった。プーシキンのサンクトペテルブルクから気仙沼へ、そして函館からアムールへと、大きな自然と人の輪が繋がり実現する今回の講演会、心から楽しみにしている。

学生からの投稿 『1年生特集』

本校に入学して

ロシア極東連邦総合大学函館校にて ロシア地域学科1年 甲斐 有輝

ロシア極東連邦総合大学函館校にて
 まず初めに、私はこの大学へ来てとても驚いたことがあります。それは学生数の少ないことです。これは悪い意味ではなく、むしろ自分にとってとても良い意味です。
 他の大学だと、先生1人(日本人または、ロシア人)に対して学生40人で一講義と聞きました。それに対して、極東大函館校の自分たち1年生の授業では、先生1人(当たり前ですがロシア人)に対して学生7名と少人数制の授業となっています。
 ロシア語の授業では1コマに3回以上は当てられ、答えなければなりません。わからないところがあると、自分が理解できるまで教えてもらえますが、学生数が多いとこのようにはいかないと思います。ロシア語会話も同じです。ロシア語で会話するということは、普段からロシア語を口にしていないとできないことではないでしょうか。クラス40人で行う会話の授業はあるのでしょうか?
 いろいろな点を含めて、私はこの大学へ入学してとても良かったと思っています。難しいことばかりで、たまに心が折れそうになりますが、まだまだ始まったばかりなので頑張っていきたいと思います。

本校の魅力について ロシア地域学科1年 久保井 俊樹

他校には決して真似のできない、多人数のネイティヴ教師と日本人教師によるカリキュラムに惹かれ、本校に入学し、約2ヶ月を経て私が目にしたものは、入学当初の期待をはるかに上まわるものだった。
 少人数授業による個人の発言・演習量の多さ、オリジナルテキストによる授業など、目を見張ることばかりの本校。さらに驚いたことに教師陣の教養は計り知れないものであった。彼らは知だけではなく芸術・スポーツなどさまざまなことを愛している。中世ヨーロッパの教育で例えれば、トリウィウム、クワドリウィウムに加え、哲学から何にいたるまでの基礎教養を身につけ、その上で知識や感性を育んできたのだろう。現在の日本人学生・教員は、悪く言えば「専門バカ」であふれている。彼らも(もちろん私も)本校の教師陣を見習うべきではないのだろうか。もちろん本校の魅力は教育だけではない。積極的な就職サポート・平素からの礼儀教育などすばらしいものばかりだ。
 本校の魅力は、作文用紙一枚程度では到底語りきれるものではないが、本校の更なる発展を願い、終わりとしたいと思う。

2年後の自分が楽しみ ロシア語科1年 永松 菜実

私が初めて「専門的に勉強したい」と思ったことがロシア語でした。本校の存在は函館に旅行に来た際に知り、ロシア語を本当に極めようと思ったらここで勉強しようと、数年間心の片隅にありました。
  仕事をしながら空いた時間に気になる単語を書いてみたり、ロシア文学を読んだりしましたが、中々時間がとれないことがもどかしく、早く勉強に集中したいという想いは募る一方でした。今、試験や宿題に追われている環境はとても貴重なものだと感じています。
  ロシア語を書いたり話したりしているとき、自分の中に新しい考えや人格が出来上がっていくような、不思議な感覚があります。そんな気持ちが積み重なって、本校を卒業する2年後には自分がどれだけロシアを、そして日本を深く愛することができているか、とても楽しみです。

八幡坂から海を見降ろして ロシア語科1年 山口 知美

毎朝あの坂を登りきった後、海にあいさつします。今日も無事過ごせますように。
 神戸・長崎も美しい港町ですが、私には函館が一番美しい街並みに思われます。ゆっくり散策したいと思っても、今の所そんな余裕は出てきませんが…。
 志低く入学してきた私にとって毎日の授業のハードルはあまりに高く、青息吐息の状態です。先生方の博識ぶりに驚愕するばかりです。あと、私が勉強していた頃(30年以上前なんですね、これが…。ふふふ)との授業の進め方の違い。ロシアではこのように教えるのかと、文化の違いも学ばせていただいております。袴とブーツを履いて授業を受けたくなるような校舎だと思うのですが、皆様どう思われます?授業が始まってからというもの、毎日毎日が飛ぶように過ぎ、今この新緑もあっという間に紅葉になっているかもしれません。