学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.71 2012.4 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

学問の道/ロシア極東連邦総合大学函館校総務課長大渡 涼子

毎週月曜の夜、本校で開講されているロシア語市民講座に通って丸11年が経った。その間、私が教わった先生は5人、どの先生も教え方は違うが、それぞれ特徴のある良い先生たちだ。
  市民講座は入門・初級・中級・上級と4コースあるが、私は入門を1年、初級を4年、そして今は中級の6年目が終わったところだ。1年ごとに進級できるほど、ロシア語の道は甘くはないのだ。
  市民講座には、実にさまざまな人々が集まる。昨年度も中学生や主婦、会社員から70代まで、幅広い年齢層の方が集う。そして勉強の目的もさまざまだ。
  時々簡単に、「旅行に行ったらチョコチョコッと話せる程度になればいい」と言う人がいるが、そのような気持ちで入門すると、すぐに後悔することになる。まず、33のキリル文字を覚えなければいけない。見たこともない文字、または見たことがあっても英語のCがロシア語ではS?PがR??なんのことだ???と、こんがらがる。それにそもそも、ロシア語は文法も覚えずに丸暗記すれば旅行で使えるような言語ではないのだ。英語のように子どもの頃から知らずに目に耳に触れている言葉とも違う。
  極東大学に勤める前、私は函館市役所の企画部で臨時職員として働いていた。当時そこにはロシア語の嘱託通訳、小杉繁さんという方がいた。今はもう、お亡くなりになっているが、シベリア抑留に遭いロシア語を覚えたと言う方で、函館ドックの通訳をしていた。晩年まで、ロシアから流れてくるラジオ電波を拾って、ロシア語を忘れないよう耳を鍛えていたという。うちの先生方が聞いても、ロシア人がしゃべっていると思うほど、完璧なロシア語だった。
  私が市役所の仕事を辞めて極東大学に行くことになった時、まったくロシアとは無関係だった私に小杉さんはこう言った。「一日一つ、何でもいいからロシア語の単語を覚えなさい。そうすると1年で365個、毎年どんどん確実に数が増えていく。一日一つなら、簡単でしょう?」
では今、私が何千もの単語を覚えているかといえば、まったくそうではない。小杉さんのありがたい教えを私は守れていないのだ。
  でも取りあえず、ロシア語市民講座を続け、月曜日の夜6時半になると、事務室から上の教室に上がる。私は階段をたった一つ昇るだけだが、ほかの受講生のみなさんは車で、あるいはバスや電車を乗り継いで、雨の日も雪の日もこの函館山の麓までやってくる。仕事帰りの人も多く、その向学心には本当に頭が下がる。
ではみなさんは、ロシア語を覚えたところで、それをいつ、どのように使うのか。日々ロシア人と接する仕事の私にとっては、覚えていると何かと役に立つことも多いが、普通の函館の生活でロシア語を必要とする機会は滅多にない。実用性を求めているのではないのだろう。
  私が今いる中級クラスは、全部で4人だが、必要に迫られてというよりは、純粋にロシア語を学びたくて学んでいるのだと思う。
  先生はたとえ市民講座でも手を抜かない。学生並みにテキストを作り、授業をしてくれる。文章を読み、質問に答えて、熟語や慣用句を覚え、穴埋め問題をし、格変化の練習をする。中級クラスはロシア語オンリー、質問も答えもすべてロシア語だ。毎回少しずつ、ロシアの映画も見せてくれる。そして授業の終わりには次回のテキストが配られる。週1回90分の授業で以上のことをするため、私はいつも日曜日に2時間ほど予習をする。なぜなら予習をしないと、まったく進めないのだ。それに他の受講生もきちんと勉強してくるので、ついていけないと自分が恥をかくし、ほかの人の足を引っ張ることにもなる。そういう訳で、本当は小杉さんの言うとおり、毎日少しずつやればよいのかもしれないが、日曜の夜に泣きながら予習をする。
 授業中、私などは適当にわかったふりをしてごまかしているところもあるが、完璧に理解している人もいる。昔、学生時代に勉強して、それ以来仕事とは関係なくずっと続けていたり、中には“ボケ防止"に、と言う人もいるけれど、それにしてはハードな道だ。みなさんは見返りなど求めずに、ただロシア語という不可思議な言語の魅力、あるいは外国語を学ぶという喜びに取りつかれたのではないだろうか。そして私は、ここで言葉を身につけるというより、もっと大事な、学ぶということ、小杉さんが言ったように学び続けるということを教わっている気がする。とてもよいクラスメイトに恵まれたと思う。そういう人たちに敬意を表し、その姿が励みとなり、自分もまた勉強を続けていけるのではないだろうか。
  今、ロシア語という未知の「学問の道」を選んだ極東大学の新入生たちにも、ここでそういう素晴らしい仲間を見つけてほしいと願う。切磋琢磨、そうすることで自分も、クラス全体も、いつか伸びていけると信じて。

卒業生からの寄稿 『卒業にあたって』 ロシア地域学科卒 芹澤 寛人

ロシア地域学科卒 吉田 真大

本校にはロシア語学習を目的として入ってくる方々が多い。それは当然のことだと思うのだが、私の意見としては、もしそれだけが目的ならば、そういう方々は日本に点在する他校に通うという選択肢を取ることも可能である。私が本校に通うことにした理由は、日本に居ながら外国人、しかもロシア人と言う日本人にとっては馴染のない人たちと接してみたかったから、そして日本に居ながら、ヨーロッパの教育システムで授業を受けたかったからである。日本の学校は、減点式で人を見る。どんな人間にも欠点はある。しかし、本校の先生方は、この学生は何ができるのか、何に秀でているのかを見てくださっていたと思う。できなくても、決して学生をバカにはしないのだ。なぜなら、欠点があるのが人間だからである。欠点があることを前提に、どう頑張っていくかでその人の価値が決まるのである。
 本校には、幅広い年齢層の学生が在籍していることが、特色の一つである。様々なバックグラウンドを持つ人たちと接することができ、勉強させていただいた。
 学生生活で一番経験として残っているのは、やはり二度にわたって参加した北方四島交流事業である。一度目は受入事業で根室方面で島民と交流をし、そして二度目は訪問事業で色丹島を訪問した。色丹島には宿泊施設がないので、船内泊となった。そこで観た夜空が忘れられない。周りには船の光と、島の数軒の民家からの光が届くのみで、後は暗闇の世界だ。まるで宇宙空間にいるような気分だった。島民には、ロシア系はもちろんの事、ウクライナ系、アジア系、そしてアラビア系の人たちまでいたことには驚いた。
本校で学んだ経験をどのように生かしていくのかは、その人次第である。4年間はその後の人生と比較すれば短い。ほんの一瞬なのだ。今一番しなければいけないことは何かを考えることだ。焦る必要はない。しかし、時間は有限である。

ロシア語科卒 福田加奈子

 今、2年間の学生生活を振り返ると、あっという間であったのにもかかわらずたくさんの出来事があって、何から書き出したら良いのかわかりません。
 言語と異文化について学び続けている大先輩である極東大の先生方からは、ロシア語のみでなく期待した以上に多くのことを学ぶことができました。タチヤーナ先生には日々のロシア語会話の授業から、努力して人生を築いていく素晴らしさを学びました。デルカーチ先生の難しい試験内容からは、世の中の世知辛さを知り、うまくいかないことがあっても誠実に頑張ろうと考えられるようになりました。ロマン先生はいつもマイペースで小さな悩み事など吹き飛ばしてくれるような授業でした。アニケーエフ先生の探究心からは、好奇心を持ち学び続けることの大切さを感じました。ワレリー先生の聴き取りやすい英語の発音につられて学習意欲がどんどん燃え、鳥飼先生からは日本にいながら外国語を楽しく学び続けるコツを教えてもらいました。グラチェンコフ先生の笑顔と面白い授業内容のおかげで、言葉だけでなくロシアという国について今後も更に学びたいと思うようになりました。そして校長先生の授業からは、外国語を学ぶことは大変だけど、少しずつ前進していけることにやりがいを感じるようになりました。
 2年間も毎日ロシア語に触れていたのに本当の意味で学習意欲を感じるようになったのは、こうした先生たちの授業が私の成長にとってかけがえのないものだと気付いてからです。先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。このまま卒業してしまうのはとても惜しく残念です。しかしこの学校で学んだことを、今後は社会生活で活かし日々の生活を充実したものにしようと思います。本当にありがとうございました。

ロシア語科卒 小早川 眸

 『ключи к знаниям(知識へのキー)』。みなさんは、この名前を覚えていますか?そう、入学式に必ずここの新入生がもらうあの大きな鍵のことです。2010年の入学式、学生を代表して私はあの鍵を頂く役をさせてもらいました。校長先生から手渡される時に、「この鍵はどこで使われるかわかりません。是非見つけてください。」と言われていたのを覚えています。そしてその日から私は、あの鍵をどうやって使うのか、いや、どこで使われるのか考えていました。
 2年前、北海道に根差した外国語教育の一つの可能性であるロシア語を勉強したいという思いでこの学校に入学しました。その思いは今でもずっと変わらず、むしろこれからの日ロの架け橋、主に若者を巻き込む力になりたいと思うようにもなりました。振り返ると大学生活は本当に有意義でした。高校を卒業してからロシア語を勉強したいと入る学生、社会人を経てロシア語を学習したいと思う学生、18歳から60歳までの様々な角度からロシアに興味を持って集まってできたクラスメイト。彼らとともに歩んできた2年間の中で私が学んだことは数多くあります。うまく言葉にはできませんが、2年前の私と今の私を比べれば、今の方が人間として一回りも二回りも成長していると思います。
  勉強に関しても、再認識させられました。若輩者の私が言うのも恐れ多いですが、語学の本質は決して良い点数をとることだけが正解ではないということです。語学は能力が物を言う時があります。発音が上手い、記憶力がいい、コミュニケーションが得意、言語習得が得意な脳を持っていたらそれはスタートダッシュが楽です。しかしそんなものがなくても、勉強量と努力で補えるのも語学だと思います。
 アニケーエフ先生が「語学を勉強するのは登山と一緒」ということをおっしゃっていましたが、結局頂上を目指さなければいけないのです。だから最初からロシア語が上手な人は、きっと本道から入ったのでしょう。下手な人は藪から入ってしまったのでしょう。もしかしたらうまい人も、これからだって道に迷うかもしれません。茂みから入った人はラッキーなことに本道に出てそのままスイスイ進めるかもしれません。ロシア語に行き詰まってる人!狭いクラスにいると自分の不出来に嫌気がさしてくるかもしれませんが、他人を恨むことなく、ゴールを目指し、自分自身と是非戦うことを忘れないでください。
  最後に、鍵の本題に戻ります。卒業目前にしているこの今でも、私はあのカギがどこに使われるのか悩んだままです。しかし、ここで学んだ全てのことをこれからの未来につなげたいということだけは確かです。もしかしたら実はもう使ってしまっているのに小心者の私は恐る恐る開いている最中なのかもしれません。まだまだ悩み中です。でも頑張っていきます!
  学生生活の中で、みなさんの知識へのカギが開かれますように。