学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.68 2011.7 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

秘密の少林寺/ロシア極東連邦総合大学函館校准教授イリイナ・タチヤナ

かつて旅行会社に勤務していた頃、私は旅行者を引率し様々なツアーへ出かけました。面白い場所は世界にはたくさんありますが、私にとって最も印象深かったのは中国の古い都市を巡る旅をした時のことです。そのツアーには少林寺の見学も含まれていました。少林寺は鄭州からほど遠からぬ丘陵地帯の雲に覆われた辺りにありました。
  寺に近づいて行くにつれ、たくさんの人々があちらこちらでグループになって武術の訓練をしているのに驚きました。ここでは、お金を払いさえすれば誰でも好きなだけ滞在し、武術の訓練を受けることができるのです。
  少林寺は古い歴史を誇る寺で、境内には代々の僧院長の葬られた墓地がありました。最も古いもので900年前のものだそうです。ここにある木はどれも手を回すことができないほど太く、樹齢数百年を数えます。その樹皮の表面には、武術の訓練の時に手の指で穿たれたたくさんの穴がみられました。硬くなった古い木の皮に指で穴をあけるなどめったにできることではありません。木の周囲には穴による木の傷みを防ぐための小さな柵が巡らされていました。その他に900年も前の修道僧が食べ物を煮炊きした鍋も見せられました。

 寺の境内の見学の後は年若い僧らの演じるショータイムでした。ここでは全ての修道僧がベジタリアンなので彼らはまるで子供のように見えますが、その身軽さでステージ上の演技は大変柔軟性に富んだものでした。
  通常この寺には親を亡くした子ども達がまだ幼いうちに入れられます。彼らがステージで見せる演技は信じられないくらいに素晴らしく、こんな演技を完成させるには一生かけても足りないのではないかと思える程見事なものでした。こうした奇跡的な技は長年の伝統のおかげであり、あまりの素晴らしさに目に涙する観客もいました。
  その他に、縫い針を分厚いガラス板に投げつけ、ガラスを突き抜けた縫い針がガラスの向こう側に置かれた風船を割るという演技もありました。縫い針が穿った穴は後で観客にも見せてくれます。また様々な動物の形態模写は驚くほど巧妙でした。その素晴らしい跳躍と、まるで骨などないかのような柔軟さをもってすればそれも当然でしょう。
  ショーはとても素晴らしかったのですが、ひとつ残念なことがありました。他の人と同様に私も出演者と一緒の写真撮影を希望したのですが、その撮影代が決して安いものではなかったのです。中国人ガイドの説明によると、少林寺は今や有名ブランドとなっており、僧院長は富を蓄え、今は主に海外に暮らしているとのことでした。僧院の精神や伝統はここには見当たりませんでした。より多くの収入を得るための犠牲となってしまったようです。なんと残念なことでしょう!

学生からの投稿 1年生特集『本校に入学して』

「新生活が始まって」 ロシア語科1年 赤羽 真依子

ここに来て、今のところ一番辛かったことは函館の寒さと天気です。いつまでたっても暖かくならず、しかも毎日どんよりとした重い空に気持ちが晴れない4月、5月は「函館の夏はすばらしいからもう少しの我慢!」という某先生の言葉が私の心の支えでした。
 楽しかったことはもちろんロシア語の授業です!ロシア人の先生にロシア語を教えてもらえるので言葉の感覚やニュアンスの違いがつかみやすく、ちょっとした言い回しや表現などロシア人の先生だからこそ学べるような事がたくさんあり、とても興味深いです。またロシアが好きな友達もたくさんいますし、ロシアの歌を歌ったり、イベントのお知らせが入ったりとロシアに触れる機会がたくさんあります。宿題も多く、決して楽ではないですが、それだけたくさん学べることが嬉しいです。2年間という限られた時間を大切に、充実したものにしていきたいです。

「日々の発見」 ロシア語科1年 平岩 史子

函館校に入学してから早いもので既に3カ月がたち、やっと自分の生活リズムができてきました。本州で生まれ育った私は函館の自然と気候に驚かされるばかりで、「同じ日本でも全然違うんだなぁ」と日々の生活の中で様々な発見をしています。大学の目の前にある有名な八幡坂も最初は登るのが辛くて、上を見上げる余裕がありませんでしたが、最近では上を見ながら、函館山の緑色が濃くなっていくのを毎日楽しみに登っています。
 そして、函館校に足を踏み入れれば、まさに日本とロシアが入り混じった不思議な場所が広がっています。ロシア人の先生がロシア語、ロシア文化などを丁寧に教えてくださって、日本とロシアってやっぱり遠い国だなと感じたり、はたまた日本語や英語と似た所もあって、とても身近に感じたり…そういった事を発見するのも楽しみです。
 日々の発見を積み重ねていって、函館校で充実した2年間が送れるといいなと気楽に考えています。まだあと1年以上あると思っていても、きっとすぐなんでしょうね。

「春の終わりに」 ロシア語科1年 庄林 茜

入学して間もないころと比べると、函館のまちはぐっと明るく暖かくなり、周りの山や公園の緑もいっそう美しくなりました。私は一人暮らしをスタートさせてからというもの、毎日が初めてのことばかりで大変なこともありましたが(自炊、洗濯、買物はほんっとに大変;)、今では誰よりもこの自由気侭な生活を楽しんでいる自信があります!
 もちろん勉強のほうも、頑張っています。ただ語学とは、何かをする上での手段にすぎないので、ときには「何のためにロシア語を話したいのか」という疑問を自分に投げかけてみないといけないと思います。なぜなら大きな夢を持つことで、自分のやる気は保たれるからです。少しでも気持ちにスキができると、つい不安な現実を考えてしまいます。そういう時は、この学校に集う素敵な先生や先輩たち、そして同級生とたくさん話し合います。みんなとても個性的で、なかなか意見の一致をみることはありませんが、この学校にいるからには、一人ひとりが特別な夢をもっているのでしょう、いつも真剣に語り合ってもらえます。先輩のロシアへの留学の話や、以前に住んでいた色々な国の話を聞くのが、何よりも私の楽しみになっています。
 北方地域へ足を踏み入れる、という私の夢は、ちょっと前までは非現実的なものでしたが、今は自分次第で辿りつけることができそうな気がしてなりません。2年間でどれだけ成長するかはわかりませんが、きっと今よりもいい方向へ進んでいると信じています。
 あとできれば、自分の手でもっとおいしいご飯を作れるようにしたいです。

「この学校に入って」 ロシア地域学科1年 十二 大輔

皆さんはロシアという国にどのようなイメージを持っていますか?僕はこの学校に入るまでは、正直に言うとイメージが良いと思うことはありませんでした。なぜなら、やはり僕が知っているのは北方領土問題や、北海道で起こっているロシア船から北海道に入ってくる狂犬病を持った犬の問題など、そのようなことだけだったからです。
 ですが、この学校に入って変わりました。なぜなら、この学校ではロシアの色々な面が見ることができるからです。日本での災害があったときに支援があったり、ロシア語という言語には誰かと一緒だという仲間意識が強い言語なんだなと感じることがありました。学校の授業ではロシアから来てくださった先生方と授業ができたりなど、今までにはなかったことばかり経験させてもらっています。

「日本における最後の山」 ロシア地域学科1年 河瀬 愛子

函館校を自分の目で初めて見たのは、両親と北海道旅行中でした。校舎の看板に“ロシアのスペシャリスト養成”とあり、いつか来れるかなと思っていました。数年後の今、観光地である爽やかな函館の地でロシアのことを学べるとは幸せだと実感しています。
  2年ほどロシア語を学んでいましたが、ロシア語の文章を覚えたり、時間内に読まされたり、筆記体で書いたりするのも初めてでした。ロシア語に関しては求められるレベルが高いので、他校に比べて長期的に「スパルタ教育」なのかもしれません。
  しかし、ここでの学びを乗り越えれば、この世で自分の果たすべきミッションができそうです。日本における最後の山を乗り越え、ロシアに遣わされていきたいと願っています。

「函館校での3ヵ月」 ロシア地域学科1年 長根山 未来

4月に入学してからずっと、濃い日々が続いています。
  日本中から集まった函館校の学生、世界中から集まったHIFの人たち、個性的なんて言葉じゃ表現しきれない先生たち、地元の札幌と同じ北海道とは思えない函館の街並みや景色。自分がいかに狭い世界で生きているのかを、強く自覚することができました。
  授業は決して易しいものではありませんが、心の底から楽しいと思えます。
  頭の出来が良くない私ですが、クラスのみんなや先生方に引っ張り上げてもらいながら何とか進んでいます。この学校を選んで進学できたことを、今、心から誇りに思っています。
  先生、先輩、クラスメイトの熱意に背中を押されて、自分がまだまだ頑張れるんだということに気付けました。
  この学校での4年間がとても楽しみです。

「記憶と提出期限日」 ロシア地域学科1年 岡本 絵津穂

数週間前、この学報用の文章を作成する事に意欲的であった私が、提出期限日になった今更、文章を打ち込んでいるのは何故か?“忘れた”と言えばそこまでだ。でもしかし、だ。
 極東大学は驚くほどに目まぐるしく新鮮な情報が入ってくるもので、こんな濃密な日々を送っていると、次から次に予定が立て込んでくる。私は予定を消化していくうちに、学報を記憶の二の次にしてしまったらしい。どうも2ヶ月間忙しくて、どう生活していたか記憶に残っていないのだから。今日の出来事すら、実は忘れてしまった。それでいて、入学以来教わったロシアに関する知識を思い切り忘れていないことに驚きだ。
 目まぐるしい程の忙しさは決して辛くは無く、遂には楽しい。それも、私が極東大に入学したいと思った6年前の気持ちによって、そう感じさせるかもしれなかった。