学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.57 2008.10 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

一隅を照らす。これ国の宝なり/ロシア極東連邦総合大学函館校 事務局次長三浦 祐一

本校に着任間もないころ、「世の中変化しています。その真ん中にいるあなたはとても幸せですね。」というありがたい言葉を、経済同友会の会員で、元バークレイズ・グローバル・インベスターズ代表取締役社長の岡本和久さんからいただきました。
この言葉を頂戴したとき、直感的に感じたことは、これは、私だけに向けられた言葉ではなく、本校そして本校が所在するこの地域にとっての幸せを意味するものだということです。
 地球全体を覆い尽くそうとしている市場化の波が、「BRICs」という新興4か国の総称を生みだし、すでに言い古された感はありますが、近年、著しい変貌を遂げたロシアに対しては、今後も市場関係者の熱い視線が注がれることでしょう。

  一方、社会の至るところに閉塞感が漂う我が国は、経済発展の側面において成熟段階を迎え、かつてのような成長のスピードは望むべくもありません。GDP(国内総生産)よりGNH(国民総幸福量)が大切とはいっても、GDPが緩やかであっても拡大することによって、GNHは担保されるものだと思うのです。
 この緩やかな拡大をいかに実現するか?この点について、福井俊彦前日銀総裁は、「比較的緩やかな経済成長でさえも、人、物、金、情報が自由に国境を越えられるというルールでの知恵比べによって、勝ち取っていかなければなりません。」と語っています。ここに本校の存在価値があるのではないでしょうか。
 ドン・コーエンとローレンス・プルサックによる『人と人の「つながり」に投資する企業』ではありませんが、経済活動における人間関係資産・人的資産の重要性は言を待たないことです。まして、それが国境を越えた経済活動であるなら…。
  ロシア極東そしてモスクワに繋がっていく重要なチャンネルがこの地にあるのです。
 むろんこれまでのロシアビジネスの挫折から、ある種の経験則が形成されてきたことは否定できませんが、それは日本国内に限っても同じことではないでしょうか。
 いま揺らいでいるのは「食の安全」ではなく、本質にある「売り手よし、買い手よし、世間よし」というこれまで日本人が大切にしてきた伝統的な価値観が揺らいでいるのです。これもまたGDPの停滞が招いた生き残り競争の悲しい結果なのかも知れません。
 この停滞を打破するためには、ボーダーを乗り越え、世界経済の成長を取り込んでいくことも大切なことです。そして、すでにルールでは、“自由に国境を越えられる”ことになっているとすれば、何が欠けているか?
 校長先生の言うとおり「勇気」なのでしょう。あるいは「パッション」と言ってもいいと思います。本校に着任からこの間、何人かのロシアビジネスにかかわる卒業生にお会いすることができ、彼らに、このパッションを感じ取ることができました。
 本校において学び、人間関係資産の起点となる“自分”という人的資産を築きあげた彼らは、きっと「知識への投資は、常に最高のリターンを生み出す」ということをいままさに実感しつつあるのではないでしょうか。
 「君子財を愛す。ただし、これを取るに道あり、これを取るに人あり、事業は万世不朽、得たものを数千万人と利を共にす」というある明治時代実業家の言葉があります。この言葉に込められた「智慧」をも彼らが受け継いでくれたなら、必ずや日本とロシアの関係発展のため、「一隅を照らす。これ国の宝なり」という存在になることでしょう。

学生からの投稿

北方四島交流訪問事業に参加して ロシア語科2年 白山 季絵

今回、私は北方四島返還要求運動関係者の後継者の一員として、また、択捉島訪問団の一員として参加する機会を得ました。
 私は、以前『日ロ交流と北方領土を考える集い』に参加した時、ビザなし交流に参加した方が「北方領土には日本の面影は何一つない。」と話されるのを聞いて、北方四島の現状はどうなっているのか、また、そこに住むロシア人は領土問題のことをどう思っているのか気になっていました。
 今回のビザなし交流は9月11日から15日までで、実際に択捉島に上陸したのは2日間だけでした。というのも、択捉島までは船で約11時間もかかるのです。私は長時間船に乗ったことがなかったので色んな意味で楽しみでした。

 12日の朝、激しい雨に見送られながら根室港を出港し、その日は一日中船の上で過ごしました。択捉島に向かう途中、国後水道という海峡があるのですが、その場所を通る際の揺れはひどく、訪問団員のほとんどが船酔いになりました。
 13日、14日は択捉島での景勝地見学、市内散策、日本人墓地のお参り、ホームビジットや対話集会が行われました。
  対話集会では環境問題を話し合ったり、領土問題について訪問団員が意見を述べたりしました。なかなか思うような意見がロシア人側からもらえず残念ではあったのですが、ロシア人側が先住民族はアイヌ民族だということを認めたということは大きな成果だと思いました。
 15日、根室港に帰港し解団しました。

  今回参加させていただいて、改めて北方領土問題を深く考えるようになりました。
 そして、この交流を続けることによって日ロ間の相互理解を深め、近い将来にこの問題が解決されることを願い、これからの将来に私自身も何らかの形で協力できたらと思っています。またこのような事業に再び参加する機会を得た時には、ロシア語を知っている者としてロシア人と日本人との交流の手助けし、相互理解の手助けができたらと思っています。
 この場を借りて、このような機会を与えてくださった北方四島交流北海道推進委員会の方々、本校の関係者の方々に感謝申し上げます。

訳者小屋観光ガイドに参加して ロシア語科1年 芹澤 寛人

先頃、「第10回青少年サハリン・北海道『体験・友情』の船」事業の一環で、サハリンのロシア人大学生8名が当校を訪れました。
 私は、訳者小屋という学生サークルに所属しています。サークルではロシア語の物語を日本語に翻訳したり、ロシア語通訳ガイドとして観光案内を行ったりしています。今回のロシア人大学生の訪問団にも私は訳者小屋の部員として函館市の観光施設をロシア語で案内しました。その際、今年7月に交流したウラジオストクからの観光大学生とは違い、彼らからは日本人と同じような島国・港町気質が感じられました。

  函館にはたくさんのキリスト教関連の教会があり、それらを案内したのですが、ハリストス正教会に入るや否や彼らは荘厳な表情になり、その表情たるや神秘的にさえ思えました。私は、ロシア人の先生からの「そんなときは笑ってはいけない」との訓えを守り、できるだけ真面目で荘厳な表情でいるよう努力しました。それを知ってか知らずか、彼らはお祈りを済ませた後、私に向って非常に嬉しそうにスパシーバと声をかけてくれました。
 カトリックの教会に入る時、彼らは立ち止まり、一瞬顔が強張ったかのように見えました。ロシア史の授業で習ったとおり、カトリックとロシア正教の間には、我々には想像もつかない距離があるのだと実感しました。我々日本人にとっては、十字架に2つ横棒が付いているかいないかの違いにすぎないのですが。
東本願寺函館別院では、御堂を見学しました。そのなんとも言えない荘厳な雰囲気にロシア人たちは圧倒されているように見えました。それはそうでしょう。サハリンにはきっと仏教のお寺なんて、ないのでしょうから。
  ロシア人の男子学生は大きい車に関心を寄せ、よく立ち止まっては写真を撮ったり、眺めたりしていました。女子学生はコンビニの品数の豊富さに満足していたようで、たくさんお菓子や役に立つ小物を買い漁っていました。

  総合的に私が実感したこと、それはまだロシア人と日本人には大きな違いがあるということです。その多くが国民性によるものでしょう。「力は正義、正義は力」。現代のロシア人はそれをむき出しにしないまでも、根底にはそれがあるように見受けられます。しかしながら、ロシアと日本が一歩一歩近くなっていることは事実であり、2,30年後には価値観の共有ができていることでしょう。