学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

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No.56 2008.7 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

『主要8カ国』サミット -歴史と意義-/ロシア極東連邦総合大学函館校 教授パドスーシヌィ・ワレリー

今年7月7日、「主要8カ国」首脳会議が開催される。3日にわたる開催期間の会場となるのは、北海道の中でも風光明媚な洞爺湖畔である。もちろん北海道あるいは日本にとってばかりではなく、この会議が今年の国際的な出来事になるのは言うまでもない。会議参加国が協同し、深刻化する経済や食料問題やエネルギー危機の現実的な解決策を見出し、さらに全人類の問題として立ちはだかる環境問題に対する有効な施策を提示することを私たちは期待している。

 この洞爺湖での会議については、多くのことが伝えられ、また書かれてもいる。しかし、この「8カ国」会議が国際社会でどのような役割と歴史を持っているのかを理解している人は、果たして多いといえるのだろうか?

 このような会議を開催するようになったのは、70年代初頭の世界的なエネルギー危機に端を発している。1975年11月フランス大統領がアメリカ合衆国・英国・西ドイツ・イタリア・日本の首脳を招待し、ランブイエの町で開催されたのが最初である。1976年の『6カ国会議』にはカナダが参加し、それにより『7カ国会議』となった。1991年からはロシアの参加が認められ、2002年には全権を有する参加国の一員となり、それ以後「7カ国」が「8カ国」となった。ここ数年の会議には、ヨーロッパ機構、インドそして中国の代表も参加するようになった。

 「主要8カ国」は国際組織ではなく、また国際条約に基づくものでもない。それにも関わらず、サミットの決定は世界的な政治・経済の推移に多大な影響力を及ぼしている。これらの会議の過程で、参加国は最も緊迫した問題解決に向けて協同で取り組むことに合意し、その合意を堅持することを表明している。それ以外にも、国際活動の関係者に向けた要請も行なっている。サミットの決定は強制力を持つものではないが、参加国は多くの観点から国際政治や経済発展の方向性を取り決めている。

 これまでの会議同様北海道洞爺湖サミットにおいても、早期解決を迫られている最も重要な国際経済問題が議論されるだろう。今年注目の的となっているのは、激化する経済危機の問題、同様に国際的な石油価格の問題だ。それ以外にも、食糧危機からの脱却を図る道、また貧しい国々における飢餓対策のためにしなければならないことが話題に上るだろう。世界中の多くの人々の生活と幸福を左右するこれら重要課題を早急に克服するための効果的手段がサミット参加国によって導き出されることを、世界中が心待ちにしている。

 1985年以降のサミットでは、環境保護問題が、また1987年からは全世界的な気候変化について議論されている。これらの環境問題への協同での取り組みについて多く議論されたのは2005年と2007年のサミットだ。これらの問題を参加国共通の主要課題と捉えることが北海道サミットの特徴となるだろう。

 2008年のサミットを前に、「主要8カ国」大学サミットが札幌で開催され、日本国内の14大学と海外の23大学が参加する。この集会の目的は、洞爺湖サミットで議論されるであろう最重要課題に関する提案事項を準備することにある。私たちにとって喜ばしいのは、大学サミットにはモスクワ大学だけではなく、クリーロフ学長が率いる極東連邦総合大学もロシアの代表となっていることである。それはつまり、私たちの大学が、世界にある最も権威のある大学のなかの一員として本格的に国際舞台に登場しつつあるということだ。両サミットが日本とロシアの友好関係の今後の更なる発展に寄与し、また日本の大学関係機関や教育の分野で、私たちの極東大学函館校にも関心が寄せられることを期待しよう。

◆学生からの投稿◆ ―留学実習感想文ー

ロシアでの出来事 ロシア語科2年 古屋 千尋

私はロシアでの1ヶ月間で、どんな事にも慣れていくことがその国に溶け込む大切な心構えだとわかった。

 定刻より30分以上遅れて日本を出発した時からロシア時間が始まったと思った。ウラジオストクに到着後、寮まで車で向かっているとき運転手があまりにも猛スピードで次々に車を追い越していくため、まるでジェットコースターに乗っているようなスリルを味わった。が、帰国する時にはそのスピードに慣れて、皆平然と乗っていた。
 寮の部屋はこざっぱりとしていて、 日本人と比べると大柄なロシア人も住んでいる割には小さすぎるベッドが置いてあった。部屋にゴキブリが出るので周りの人に退治法を聞いたが、共存しかないといわれ、ゴキブリと共同生活をした。
 市内見学などで町中を歩くと、日本車の多さに圧倒され、また車の数がすごく多いため空気は悪く、道路もボコボコで所々に穴があったりした。
 寮から見える工場の煙突からは、煙がもくもくと出ていた。それを見ながらある日本人が、ウラジオストク市は環境破壊が進んでおり政府から見放されている、と言っていた。
 留学中にサッカーの試合を見に行った時、スタジアムの入り口で厳重な身体検査が行われ、コートの周りを軍人みたいな人が囲んでいた。
 今日本で中国製食品が問題になっているため、中国、また中国人に対して悪いイメージを持っている人が多いと思うが、実際に会ってみると意外に気さくで陽気であった。クラスメイトは中国人と韓国人がほとんどで、一緒にご飯を作ったり、休憩時間にお菓子をくれたり、両国の 歴史について話したりして相互理解を深めていった。

 ロシアで私は色々な日本人に出会った。大学で日本語を教えている人や現地で働いている人、外交官など、彼らから色々な影響を受けた。そして、私は将来語学を使う仕事に就きたいと思い、彼らと出会えたお陰で自分の方向性を少しずつ定めることができた。日本では気づかなかったが、海外で働きながら国際理解に努める日本人を間近で見ることができた。

 ロシア語だけを学ぶ1ヶ月だと思っていたが、隣国との相互理解、環境問題、そして自分の将来を深く考えることができた1ヶ月だった。

留学を終えて ロシア語科2年 白山 季絵

深夜に函館を出る12時間の汽車の旅に始まり、お昼に新潟を出て12時間の汽車の旅で深夜に函館に着きました。
 疲れ果てた汽車の旅の間にはたくさんの思い出があり、思い出すたびにウラジオに帰りたいと思えるほど内容が濃かった1ヶ月でした。

 ウラジオでは先輩に週に一度はお食事に連れて行ってもらったり、沢山のウラジオで働く日本人を紹介してもらいました。市内観光では昨年の秋に函館に留学に来た学生と一緒に博物館や劇場に行ったり、クラブへ行ったりして、とても楽しい時間を過ごしました。

 ロシア語学校では、皆が別々のクラスに入りました。初日のレベルチェックテストはあまり正確なものではないと他の日本人に聞き少しショックを受けつつも、めげずに1ヶ月韓国人と中国人と日本人の私でどうにかやり遂げました。授業内容はそれほど難しくなく、クラスを変えようか悩んでいたのですが、たった1ヶ月…ということもあり、あきらめました。そこであきらめてしまったことを今では後悔しています。たった1ヶ月、されど1ヶ月。私に足りないものは、向上心…。また行く機会があるのなら、自分のレベルより少し高いクラスで勉強したいと思いました。

本校に入学して

ロシア語科1年 芹澤 寛人

当初、ロシアは私にとって遠い存在どころか意識さえしたことがありませんでした。宗教、歴史、民族、言語等を個人的に調べていた時に初めてロシアと接触し、多民族国家でありながらアメリカのような差別や区別が無く、ロシア人の国民性、考え方が極めて斬新に感じられたのです。また、日本やアメリカ、西欧とは違うもうひとつの世界を知りたいという気持ちもあります。日ごろ接している情報は通常ならば、テレビのニュース、新聞やインターネットから得ることができます。

 しかし、それは必ず偏っています。直にその国の人間と話してみなければわからないことがあります。日本でロシア人と交流する環境は限られています。しかし、本校はその交流ができる夢の場所です。自分の受けたい授業が全て揃っているので、この学校に来てから退屈というものを感じたことがありません。

ロシア語科1年 田近 修

近年ロシアと日本の関係は深くなってきています。ロシア国内でビジネスを行う企業、日本国内でビジネスを行う企業も増えてきました。また、お互いの貿易高も年々多くなっています。このような社会情勢の中、自分もビジネスや文化交流を通じて両国の関係を取り持つ仕事がしたいと思うようになり、ロシア語をこのロシア極東大学で学ぶことにしました。

 この学校ではロシア語だけでなく、ロシアの歴史、文化、ロシア人の考え方など先生方や留学生の皆さんを通じて学びたいと考えています。また、私は生涯ずっとロシア語を勉強していく予定ですので少しでも在学中に上達できるよう頑張りたいと思います。

ロシア地域学科1年 川原 陽介

自分がこの大学に進学を決めたのは自分の意思ではありません。おばのすすめで進学を決めました。大学進学くらいは自分の意思で決めたかったのですが、高い就職率からこの大学に決定しました。
 自分は語学に興味があり、中学・高校でも英語が一番得意でした。ロシア語を学習するにあたっては、ついていけるかどうか心配でしたが、今のところは大丈夫です。

 自分の夢は、ロシア人への日本語講師あるいは日本人へのロシア語講師のいずれかになることです。この4年間は目標実現のために一生懸命勉強しようと思っています。とりあえず現段階では、前期試験を通過できるよう、頑張っていこうと思います。

ロシア地域学科1年 小林 健裕

最初は、この大学ではどんな勉強を毎日するんだろうか?自分の学力で追いつけるんだろうか?等の不安が多少ありました。けれども、クラスの皆と毎日生活をしているうちに、その不安も薄らいでいきました。ロシア語の単語や文法、変化する語尾になどに少し戸惑う部分はいまだありますが覚え甲斐があり、毎日がとても楽しいです。
 極東大学に入ったからには、ロシア語を完璧にマスターして、ロシアの人たちとの交流を深め、日本とロシアの更なる交友関係に役立ちたいと思います。

ロシア地域学科1年 松山 泰慶

私が何故この学校に入学したかといえば、再びロシア語を学びたいと思ったからです。
 ここに入学する前に私は高校で既にロシア語を学んでいました。でも高校生の時はあまり真面目にやっていたとはいえない状態でした。高校を卒業し、そのまま東京の大学の史学科で西洋史やオリエント史を学び、第2外国語としてフランス語を習っていました。大学で勉強するにつれ、ロシアと旧ソ連地域の歴史、文化に強く惹かれていきました。そして再びロシア語もやってみたいと思うようになり、システマティックなロシア語と毎日格闘しています。卒業したら、ロシアなどへ研究に行ってみたいです。