学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.55 2008.4 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

タイドプールとしての函館校/ロシア極東連邦総合大学函館校 事務局次長中村 勇人

このたび、函館校で2年の任期を終え、派遣元(函館市役所)に戻ることとなりました。皆様のご指導とご協力により何とか務めを終えることができました。心から感謝申し上げます。後任には同じく函館市役所より三浦が参りますので、引き続きよろしくお願いいたします。

 さて、皆様、タイドプールという言葉をご存知でしょうか。海で潮が引いたとき、岩場などにできる潮だまりのことです。再び潮が満ちるまでの束の間、そこには魚やエビ、カニなど多様な生物が共存します。途方もない宇宙の歩みを大洋だとすれば、私達人間の人生はこのタイドプールのようなものではないでしょうか。そのような意味で、函館校における2年間は私にとって日ロ両国の素晴らしい人々との出会いに満ちた、生涯忘れることの出来ないタイドプールであったと思うのです。
 この場をお借りしてその方々をご紹介させていただきます。

 最高の教養を備え、創造性に満ち、優しさに溢れたロシア人教員そして領事館の方々。私は真の友情を覚えました。
 少ない人数で献身的に学校運営に取り組む日本人の教職員の方々。日ロ交流の発展に対する熱い思いを感じました。
 日々成長していく学生達。2年間見ていると彼らの進化がわかり、これが教育に関わる者にとって最大の喜びでした。
 懸命に勉強に取り組むロシア人の留学生達。彼らを見て、日本人として大いに刺激を受けました。
 学校法人役員、函館日ロ親善協会、ロシア極東大学留学生支援実行委員会等の方々。人生の先輩が多くおられ、たくさんのことを教えていただきました。函館校と函館における日ロ親善を支えて下さっているのはこの方達です。心から敬意を表します。
 函館校を卒業・修了し、社会で頑張っている方々。函館校で、就職先で、サハリンで彼らに出会い、仲間になることができました。函館校で学んだロシア語と教養を武器にたくましく仕事をされています。

 日ロ両国の教職員が同じ船に乗り、困難を乗り越えて進む函館校は、日ロ友好の偉大な実験であり、象徴であると思います。
 同時に、函館校は、ロシア人教員、ロシア人外交官、日本人教職員、日ロの学生、地方自治体職員、税関職員、銀行員、商社マン、報道関係者などロシアに関係する様々な人々が集うタイドプールです。今後その出会いが我が国の日ロ交流発展のエンジンになっていくと信じています。

  最後に、時は春、卒業生の皆さんは社会という、新入生の皆さんは函館校という新たなタイドプールでの出会いが始まります。私の大好きな言葉をはなむけといたします。
  「男児志を決して千里を馳す、自ら辛苦を嘗めてあに家を思わんや、
  却って笑う春風雨を吹くの夜、枕頭尚夢む故園の花」(新島襄 1865香港)

 さあ、元気良く頑張りしましょう。

卒業生からの投稿

4年間を振り返って ロシア地域学科 平沼 多恵

私がこの学校に入学したのは、本当にただ単に家から通える、ということだけで、特別に語学を勉強したかったということではありませんでした。まさか4年間も、入る前までこの学校の存在すら知らなかったのに通い続けるなんて思いもよらず、今はただ驚いているような状態です。
  特に興味があったわけではないロシア語を続けて勉強していくことは簡単なことではありませんでしたが、幸いなことに次第にロシア語に興味を持ち、気がつけば今、卒業をむかえるまでになっています。

  私はこの4年間で、本当にいろいろなことを学びました。それは言葉ではとても表現できません。自分が大学に通い、体験、経験してみないと、わからないことばかりです。これから勉強を始める方々には、この大学でいろんなことを経験して、自分というものを磨いていってほしいです。
  最後に、本当は中途半端で、いろんなことをやり遂げることが出来なかった私を受け入れ、やり遂げさせてくれた学校の皆さん、そしてロシア極東大学という学校に感謝して、卒業したいと思います。 

ロシア地域学科 豊留 大和

卒業を前にして、高校3年生のころを最近よく思い出します。
 私は鹿児島県に生まれ、高校を卒業するまでの18年間を鹿児島で過ごしました。それまで全くロシアに興味もなかった私ですが、ある縁でロシア極東大学の存在を知り、高校の先生に相談したことを覚えています。
 北海道の、しかもロシア国立の大学に入学したいと言う私に、ほとんどの先生が反対しましたが、私の担任だった先生だけが賛成してくれて、私を後押ししてくれました。その時、先生に私は「自分が行った学校が最高学歴だよ」と言われました。今になってその言葉の意味がわかった気がします。
 確かに私たちの大学の建物は小さくて、古くて、学生数も少ないです。しかし、これほどロシア語を学ぶ環境が充実していて、ロシアを身近に感じられる大学は他にはないと私は思っています。実際、ロシア極東大学はロシアでも権威ある大学の1つです。残念ながら日本ではまだその知名度は低いですが、私たちはそんな大学の分校で勉強できることを誇りに思うべきだと思います。
 正直なところ、この4年間の学生生活の中で、納得がいかずに大学に対して腹が立ったこともありましたが、ロシア極東大学は世界最高の大学で、自分がその大学を卒業できることを幸せだと今は思っています。かなりクサイことを言いましたが、最後なので勘弁してください。
 この4年間お世話になった先生方、事務局の方々、共に学んだ仲間や後輩たち全ての方に感謝しています。ありがとうございました。

ロシア語科 大野 陽華

私は極東大に進学が決まった時、ロシアはおろか海外に関してほとんど興味もなく、「まぁ黙って机に座って授業を受けていれば二年間なんてすぐ終わるだろー」位の、非常に軽いというか舐めた気持ちで入学しました。
 しかし実際授業を受けてみると、板書というよりも先生方との対話がメイン、そして学生たちの発言が求められている授業内容で、毎回必ず宿題も出され、当初の私の甘い予想を遥かに上回る学校生活が始まってしまいました。ロシア語の文字は絵文字のようで英語のアルファベットと頭の中でごちゃ混ぜになってしまうし、発音は難しいし…。しかも私は最初のうちは先生方にもビビっていたので、浅はかな気持ちで入学してしまったことを何度も後悔しました。クラスメイトの皆からは、ロシア語に対する熱意が感じられていたし、それぞれ夢や目標を持って自分の道を進んでいった周りの友達と自分を比べた事も何度もありました。クラスメイトが一人ずつ減っていく度に何度も心が揺れましたが、たった二年間頑張れなくてどうする!と自分に喝を入れて何とか毎日通学しました。
 それでも毎日の授業と宿題を一つ一つこなしていくうちに、先生方とのロシア語での会話が徐々に伝わるようになってきたり、今まで知らなかったロシアについての知識や文化を学んだり、自分自身が勉強に対して「楽しい」と思えることが段々と増えて来ました。

 今二年間のロシア語の勉強を終えてみて、自分のロシア語のレベルはまだまだとても低いと思いますが、これから先使うことがあってもなくても、ロシア語を大切な知識の財産の一つとして、ずっと忘れないようにしたいと思っています。
 今こうしてあらためて二年間を振り返ってみると、ロシアまつりやマースレニッツァ、そして留学など様々な学校行事が順番に、走馬灯のように思い出されます。そしていつもお互い助け合い、ぶつかりながらもひたすら頑張る皆の姿が浮かびます。私はこれらの学校行事を通じて、自分自身の足りないものに気付いたり、考え方が変わるなど、なんだかいろいろな事を学ぶ事ができました。他の学校では決して体験することができなかったであろう極東大での出来事の中で、私は自分自身を少しだけ成長させることができたように思います。

 極東大の先生、学生、事務は皆、個性的で一人ひとりおもしろくて、でも皆優しくていい人ばかりでした。私が二年間、どことなく刺激的で内心楽しい毎日を送ることができたのは他でもなく、極東大の皆さんのお陰です。二年間はとても短かったけれど、素晴らしい思い出がたくさんできた事、感謝しています。
 学生の皆さんには、4月からもマイペースにロシア語を勉強し、それぞれ一人ひとりが自分らしく楽しい学校生活を送ってほしいなと思います。
 それでは二年間、色々とお世話になりました。極東大に入学した事、皆さんに出会えた事、本当に良かったです。心からありがとうを贈ります。