学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.54 2008.1 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

ロシア人の法則/ロシア極東連邦総合大学函館校 准教授鳥飼 やよい

先日、たまたま本屋で米原万里の「米原万里の『愛の法則』」を見かけ、新書で薄いから立ち読みで済ませようと半ば程まで読み進んだところで、ちょっと捨ておけない箇所に出くわし、結局買う羽目になった。その捨ておけない箇所とは以下の件である。
 「…三つの外国語を学ぶ場合、日本語が膠着語で、英語が(…)孤立語なので、もう一つは屈折語を選ぶと、皆さんの脳みそがすごく柔らかくなると思います。」(「米原万里の『愛の法則』」米原万里、p106、集英社新書)
 私は「はた!」と膝を打った。ちなみに膠着語とは「て、に、を、は」がついて言葉の意味が決まる日本語のような言語、孤立語とは語順によって意味が決まる英語のような言語、そして屈折語とは語尾変化のある露語やフランス語のような言語である。なぜ三つの外国語かというと、英語一辺倒社会である現在の日本の状況に情報の偏重を憂えた著者が、批判精神と複眼思考を養い且つ脳みそを柔軟にするために、もう一つ外国語をと読者に勧めているわけだ。

 なぜ私が膝を打ったかはお分かりだろう。日本語と英語とロシア語。そう、私は偶然にもこの三つの言語に関わる女なのである。ところで少し冷静に考えると、極東大学函館校の同僚達は(そうでないと思われがちな先生も含め実は)ほぼ全員がこの三つの言語を持つ人々である。多くの場合日本語の知識が英語に勝つとはいえ、ロシアの大学における英語教育の成果はお墨付きだ。そういうわけで極東大学の教員は、みな脳みそが「すごく柔らかい」ということになる。
 脳が柔らかいとは何か?それは大方の意見とは違う意見を自分のものとして提示できるということであろう。その柔らかさの例は枚挙に暇がない。
 ある時、ある日本の大学院教授が猥褻行為で逮捕されたというニュースを同僚に向けてみた。「ああ、とても可哀想な先生!」「どうして彼は恋人か妻に(対して)それをしなかったんですか?」「日本の男性は変です。ロシアではまず女の人に許可を得てからそういうことをします」等々の声。非常に独特である。
 またある時、アメリカのドメスティックバイオレンスの専門家の講演の通訳をするから興味あったらどうぞと誘ったところ、「えっ?そのためにわざわざアメリカから来るんですか?」「女房は叩いて愛するものだ」「ロシアには『叩くことは愛すること』という言い回しがあります」等々の返事。この時はさすがにちょっと頭にきた。
 また別の日の午後、私が授業を終えて職員室に帰ると、校長と教頭とG教授が頭をつき合わせて真剣に話し込んでいる。何を一体そんなにと聞き耳を立てると「今年のキャベツの漬け物をベランダに出しておいたらカラスにやられた」というやり取りの一部が聞き取れた。

  さてこれらは実に日常的な情景であるが、こうした例は全て一体何を意味するのか?それは、結局三つの言語を学んで脳みそが柔らかくなるのは日本人の私一人であって(これだけいろいろ異論を聞かされると、世間一般の見方をちょっと疑ってみたくもなる)、このロシアの人々は何ヶ国語知っていようと、どこにどれだけ長く住もうと、どこまでも変わらずロシア人であり続けるということである。ロシア人であるということは、男といえども漬け物を漬けることは勿論であるが、さらに猥褻行為や家庭内暴力の話から「日本の女性の権利云々」といった「グローバルな」一般論に一足的に飛ぶのではなく、まず対象を自分の方に引き寄せて自分の尺度でつかんでから投げ返すということである。ま、要するに自分であり続けるということである。これが私のロシア人の法則である。結構脳みそは硬いみたいだ。しかし柔らかくなる必要を特に認めてもいない様子だ。
  私個人としては、修養のためもう少し脳を柔らかくしてから、地固めをしていこうと思っている。

 では、最後に一句:
Умом Россию не понять, 
Аршином общим не измерить:
У ней особенная стать -
В Россию можно только верить. Ф.Тютчев
字余り。

学生からの投稿

留学を終えて ロシア地域学科3年 小林 真実

おととしの春に2ヶ月間留学に行きましたが、今回は秋から冬にかけての3ヶ月間ということで、2度目にもかかわらず、かなりの不安がありました。特に心配していたのがウラジオストクの寒さです。11月頃で、真冬の函館並みと聞いて、期間を短くしたいと思ったほどです。しかし、実際現地に着いてみると、晴天の日が多く、9月から10月の初めは、日差しが暑いくらいで、11月になっても雨や雪はほとんどなく、毎日本当に良いお天気で、風も想像してたほど強くなく、気温がマイナスの日でも体感気温はもっと暖かく感じられました。
 今回は2度目で、前回よりも長くいるということで、現地でタオルや食器、床に敷くマットなどを買ってみたり日用品もほとんど現地でそろえました。
 そして、今回は「ロシアで節約」をテーマに生活してみました。バスの料金がとても安いので、地図や、現地で見るCMや新聞広告で見つけたお店に何度か足を運んで商品の価値を調べて、買う物によって行く店を使い分けたりしていました。
 銀行も町を歩いている時にいろいろ調べ、一番レートのよさそうなところを見つけて両替していました。
 現地に長くいる人たちに聞くのが一番早くて確かで楽かもしれないけれど、1人で街をあちこち探検するのもオススメです。

ロシア地域学科3年 小松 太

今回、初めての1人暮らし、そしてほぼ初めてに近い家事、初めてのウラジオストクなど、初めてづくしでした。
 見学プログラムでは、ウラジオの名所を見学したのですが、どれもこれも新鮮なものばかりで、特に印象に残っているのは、夕陽に照らされた金角湾を展望台の上から見たことです。すごくキレイだったことを覚えています。
 留学に行ってから、正直言って寂しくなる(日本が恋しくなる)と思っていたのですが、多くの日本人や同じクラスの友達と知り合うことが出来たので、本当に良かったと思いました。また彼らと出会ったことは、僕にとって大変良い刺激になりました。この期間では、様々な行事があり、とても有意義に過ごせたと思います。10月には体育祭、11月には日・韓・中の3カ国が、それぞれの伝統・文化を披露し合う国際文化の日などがあり、非常に楽しかったです。
 そして、何より印象に残っているのは、コンサートでロシア語の歌を歌ったことです(自慢話で申し訳ありませんが)。実はこの話を聞いた時、最初はためらっていたのですが、良い経験になると思い参加しました。何しろ初体験だったので、キンチョーしまくりだったのを覚えています。今では良い思い出のひとつです。

 勉強面は、教師陣の熱意ある授業のおかげで、ロシア語の意欲向上に大いに役立ったと思います(自分にとって、少し難しかったのですが)。
 実は留学に行く前に、過去に行かれた方々の体験記を読んでから行ったのですが、ほとんどの人が「あっという間だった」と書いてあったのを見て、ホントだろうかと思ったのですが、ホントにそう感じました。 
 今回の留学は、僕にとって、良い経験を味わったと思いました。帰る2日前に、パスポートを紛失したこと(敢えて書きません。結局は見つかったのですが)以外は、非常に有意義な3ヶ月間だったと思います。
 最後にこのような機会を与えてくれた学校とウラジオストクに、この場を借りて感謝いたします。