学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.44 2005.7 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

Умом Россию не понять・・・/ロシア極東連邦総合大学函館校 教頭アニケーエフ・セルゲイ

外国人の振る舞いというものは、他の人の目にはどこでも奇異なものに映るものである。奇妙な行動も背景が分かってしまえば、なるほどと納得したり、感心できるものがほとんどであるが、それまでは、とかく風変わりな人と思われがちである。
  例えば、「ありがとう」はСпасибоである。しかし、意外に思われるかも知れないが、ロシア人はあまり「スパシーバ」とは言わない。だから、ロシア人は礼儀をわきまえていないのだ、という日本人がいる。確かに、ロシア語ができる日本人など「スパシーバ」を言いすぎると、ロシア人からよく注意されることがある。ただし、だからと言って、
彼らが礼儀正しくないというのは、当たらないような気がする。
  ロシアでは、人が困っているとき、余裕のある人が助けてやるのは、人が呼吸するのと同じように、当たり前の行為なのである。礼儀だの、義理だのを持ち出すまでもないことである。何しろ、夏と冬の差が60度を越すこともあるほど激しい自然である。人々が助け合わない限り、生きていけないのであるから。
  こんな時「神様」бог(<ボーフ>と読む)まで持ち出して(спасибоは「神のお助けがあるようにспасибог、という言葉からきている)感謝するなんておおげさな、というのがロシア人の気持ちであろう。

 Ничего「ニチヴォー」もまたそんな言葉のひとつである。これは謝罪に対する言葉として「平気です。何でもありません」の意味でよく使われるが、ロシア人の性格をよく表すのだとする通説がある。至る所、地平線と原生林が見えて当たり前の、気の遠くなるような広大な自然の中で、日本的なちまちました生活態度ではノイローゼになるのが落ちであろう。バスの出発が4,5分遅れようが、ничего!「何でもない、平気のへいざ」というのである。速度100キロの道を160キロで飛ばせばすむのである。飛行機が3時間ぐらい遅れても、やはりこの時もничего「どうにかなるさ」である。この世の中、あせっても、どうにかなるものでもない、あせらなくても、なんとかなるものである。
 ある時、飛行機が6時間遅れたことがあった。到着まで理由の説明もなく、何時間遅れるというアナウンスもなかった。その時、時計を見てはいらいら歩き回る日本人を尻目に、ロビーで腕を組んで座り込んでいるロシア人の姿は印象的であった。不平を言うでもなく、ただひたすら待っているのである。何時間でもじっと。現在が永遠に続くかのように、と言うより、時の流れを意識していないかのように、座っていた。
 もちろん、見方によっては、このようなничего「どうにかなるさ」は、投げやりで、ずぼらな態度とも言える。時計の秒針で生活する日本人のサラリーマンは、このような世界では、胃潰瘍になりかねない。なにしろ、流れる時間の速度や、基準がぜんぜん違うのである。ただ、この世界に慣れると、なぜか不思議に心が安らぐ人は多いようである。

学生からの投稿

留学を終えて ロシア語科2年 豊留 大和

新潟空港を出発して約1時間10分でウラジオストク空港に着いたが、想像していたものとは全く異なる風景に驚いた。空港から寮までの間、家をほとんど見ることはなかった。
  最初の2週間は、今思えば本当にあっという間だった。ただ、ロシアの生活に慣れることが精一杯で、何をしていたか思い出せないくらいだ。授業も、最初はほとんどわからなくてクラスを下げようと思った。しかし、二週間を過ぎると不思議と先生の言っていることがわかるようになり、授業が楽しくなった。
  日が経つにつれて交友関係も広がり、他の外国人留学生の友達も増え、毎日、ロシア語で会話をしたり、一緒に食事をするなど、日本にいては絶対にできない経験をすることができた。
  また、寮にいた日本からの留学生もとても親切にしてくれた。レストランや市場に一緒に行くなど、単独では行けない所にも足を延ばすことができた。
  帰国の日が近づくにつれて、もっとこの町にいたいという思いが強くなった。友達と離れたくないということも、もちろんあったが、一番惜しいと思ったのは、このロシア語を学ぶ環境から離れることであった。それは、ウラジオストクに来てから、自分のロシア語のレベルが上がっていることを実感できたからである。
  今思えば、あっという間の2ヶ月であった。私は、離れがたい気持ちをグッと押しとどめ帰国した。再び、ウラジオの地を踏むことを心に誓って。

ロシア語科2年 平沼 多恵

ロシアに着いた直後は、まだ日本にいるような気持ちでした。たった1時間半足らずで異国の地ウラジオストクにいるなんて、なんとも不思議でなりませんでした。空港から大学の寮までの道のりは、今でも鮮明に憶えています。広くて長い道路を車で走りながら、ロシア人だけが道端を歩いているのを見て、ようやくロシアにいることを実感したことを。
 寮に着きホームシックにかかる余裕もなく翌日から授業とエクスクルースィ(見学)が始まりました。授業は、先生方が、優しく、丁寧に教えてくれました。午後からのエクスクルースィは、ロシア人の女の子達が付き添い、コンサート会場や劇場、博物館、本屋など様々な場所へ連れて行ってくれました。
 寮の近くにはスーパーマーケットがあり、そこでほとんどの物を買うことができました。夕食の材料などは、いつも
このスーパーで買っていました。でも、今考えると、もっと、他の市場などでも、買い物をすればよかったと思っています。また、露店のようなお店では、主に、ピロシキが売られており、ロシアの人たちが、よく買って食べていました。市場、露店、キオスクに買い物に出向き、ロシアの人たちと交流を深めたかったです。
 ウラジオストクの天気は、毎日晴れていて、1ヶ月のうち雨が降ったのは2,3日くらいだったと思います。最後の1週間は、暑いくらいで半袖を着て過ごしました。
 寮には様々な国からの学生が生活していて、多くはなかったけれども交流を持てた事も収穫でした。
とにかく、毎日が新鮮で、驚くことが多かったですが、楽しい1ヶ月でした。
 水道の水も飲めないなんて、大丈夫かなと心配していたけれど、そんなことは問題にならないくらい楽しかったです。また、いつかウラジオストクに行きたいと思っています。

ロシア語科2年 白戸 裕里絵

「あっという間の1ヶ月だった」というのが今の心境です。留学に行く前は、1ヶ月もどうやって生活するんだろうと思っていました。でも、気がついたら1ヶ月経っていたというのが実際のところです。
  日本に比べると確かに不便ではあった。しかし、後半は慣れてほとんど気になりませんでした。買い物するにしても、場所によっては日本のスーパーと変らないくらいの所もあったので、食料などは楽に手に入れることができました。
 私の場合、この留学で語学力が飛躍的に伸びたということはなく、単語量が増えたことと耳がよくなったかなという程度です。しかし、この留学で多くのことを学ぶことができました。中でも、今回が、始めての外国行きであったので、外国人になる感覚をはじめて体感できたこととロシア語とロシアに対する姿勢がよりよい方へ変えることができたことが最大の収穫でした。それから、日本の良さが身にしみてわかったことも。

本校に入学して ロシア語科1年 荒木 梨馨(群馬県高崎市出身)

最初は、慣れない北海道での独り暮らしと学生生活の不安からうまく時間を使えずいました。しかし、2ヶ月経ち、今は、だいぶ慣れ自分のリズムを取り戻しつつあるように思います。
  授業は、予想していた通りで、毎日覚えなければならないことが山ほどあり、一日一日の授業に集中して取り組んでいかなければ、たちどころについていけなくなります。しかし、ロシア人の先生方が熱心に教えて下さるので、早くロシア語になれ、生きたロシア語を身につけたいと思っております。
  2年間という期間は、語学の学習には短いかもしれませんが、この期間、最大限の努力をし、先生方から様々な事を吸収したいと思います。

ロシア語科1年 今成 愛(新潟市出身)

私は、以前から外国語を学び、身につけたいと思っていました。ロシア語を選んだのは、ロシア文学に興味を持っていたことと、私の出身地の新潟市はロシア極東地域と関わりがあり、ロシアを身近に感じていたことが大きいです。
  入学してまず感じたことは、ロシア語を学ぶ楽しさです。しかし、進むにつれて難しくなり、思っていた以上に努力が必要だと感じています。まだ、ロシア語学習が始まったばかりです。これからも新しいことを学ぶ楽しさを忘れずに努力していこうと思っています。

ロシア地域学科1年 清水 正司(函館市出身)

人生の半ばをやや過ぎたところで、思いがけず勉学に専念できる機会と時間を得た。与えられた境遇に深く感謝しつつ、本校での勉学を相応の緊張感を持って臨む決意であった。
 入学後1ヶ月、授業は労を惜しむことを許されず、厳格にして真剣勝負の世界。初心の気負いが災いしたのか、最近疲労感の蓄積を感じつつある。しかし、本校には、厳しさを補ってくれる楽しさもまた格別なものがある。世代を超えた仲間との何気ない会話、個性豊かな教授陣、食堂の日替わり定食、窓の外の遥かな眺望、そして何よりも美しいロシア語を毎日聞けるのが嬉しい。総じて言えば、坂道と宿題に辟易しつつも、本校に入学できた幸運を実感している。

ロシア地域学科1年 小松 太(函館市出身)

本校に入学して良かったと心から思っている。ここに入学する前は、「ロシアは治安が悪い」といった固定観念に支配され、ロシアには良い印象は持っていなかった。しかし、ここに入学して、この思いは一気に解消したような気がする。この学校には、ロシア人の先生が7人、日本人の先生が1人の8人の先生がいるが、どの先生も素晴らしく、以前持っていた観念を払拭するのに余りある程である。また、先輩や同じ1年生の仲間も気さくな人たちばかりで、毎日が大変楽しい。
 これから4年間、ロシア語マスター、ロシアに精通するという目標に向かって、明るく、前向きに取り組んでいきたい。

ロシア地域学科1年 林 江里子(千葉県市川市出身)

何かを選んだということは、他を選ばなかったということ。今、目の前に広がる風景、周囲の人々、そして自分は、数限りない選択の結果。すべてが、とても大切で愛しい存在。
あたたかく、やさしく、やわらかく抱きしめたい気持ち。
  迷うときは、耳を澄まして・・・。心の奥深くに確かに在る想いを呼び覚ます。行く先はもう多分決まっている。知らないのは自分だけ。
  多くのものを手放してきて、今この手は空っぽに近い。何をつかむことになるのだろう、これからここで。

ロシア地域学科1年 成田 満夫(函館市出身)

私には、本校への確固たる入学動機があったわけではない。ただ、自分のような中途半端で、坂から転げ落ちて行きそうな人間が、留まって鍛えなおすには最高の環境のような気がしたから選んだに過ぎない。今、入学して良かったと思っている。ロシア語を学ぶことは、まさに自分を鍛えることに繋がるということであるからである。
 今後4年間、ロシア語を自分のものにできるように頑張っていこうと思っている。