学報 "МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

学報"МИЛЛИОН ЗВЕЗД"

No.43 2005.4 "Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

雪/ロシア極東連邦総合大学函館校 教授パドスーシヌイ・ワレリー

 今年の冬は驚くほどの雪と寒さだ。これほどの雪は函館ではもう何年もなかったと言われている。歩道には白い雪が山のように積もっている。足元では雪がざくざくと音を立てて、ところどころつるつるの氷になっている。ときには数分、あるいは数時間、また時には一日中−−そうして何週間もの間ずっと白い雪が降り続いているような気がする。ほとんど止むことなく冷たい風が吹き、太陽が姿を現すのはほんの少しの時間だけで、氷を溶かすことも街を急いで行き交う人々を暖めることもない。
  けれど周囲のなんと美しいこと、白い輝きに覆われた常緑樹である松の素晴らしさ!雪の装飾は、家並みや街路、そして公園を幻想的な景色に変えた。

  今年の冬は、はるか子どもの頃のことを思い起こさせる。当時、ウラジオストクの街には、それほど多く雪は降らなかった。もちろん、この時期の寒さは厳しく風は強い。けれどほとんど毎日晴れ渡り、良い天気だった。しかしそれでも、ひと冬にたくさんの雪が降ることも幾度かはあった。雪が降るのは、なぜかみんなが寝静まった夜中だった。朝早く、学校へ行くのに外に出た。道も家も樹々も一晩で白い雪にすっぽり覆われ、澄んだ青空にきらきらと輝き、私はその素晴らしい景色に心底うっとりした。
  正直、そんな日は、私も友達も学校になんて行きたくなかった。授業は果てしなく続くような感じがして、早く家に帰って雪の坂で橇滑りをすることばかり考えていた。もっともそんな日には、別の楽しみや遊びもあった。橇すべりに満足すると雪の砦を作るのだ。それはなかなか大変な仕事だったが、10歳、11歳にもなると、どうやって作るのかはもう心得ていた。私たちの雪の砦はきれいに出来たというだけではない。水をかけ、雪のレンガを凍らせたしっかりと頑丈な砦だった。それが出来上がると今度は雪合戦だ。ひとチームが砦に向かい、もう一方のチームはその砦を守る。お互いに、小さい冷たい雪だるまを投げあい、ふわふわの雪が舞い、笑い転げ・・・。

  地球の温暖化現象によって、気候が急激に変化していると言われている。2、30年前の冬がどんなふうであったかを覚えている人たちが、そのことを証言している。函館に住んでいる人たちも、このところ街に降る雪が少なくなり気温もそれほど低くはなくなったことを、ひどく気にかけている。けれどもしかすると、気候の変化は、私たちが思っているほど深刻でないのかもしれない。ひょっとして、また北海道に本格的に雪が降る冬が戻ってくるのではないだろうか。この冬はそれを期待させる。
  けれど今、私たちは春の訪れを待ちわびている。3月になった。どんなにこの街の雪を嘆こうとも、春はもうそこまで来ている。

学生からの投稿

ロシア語と出逢って ロシア地域学科卒業 里 憲

私は、2001年春、65歳で定年退職してすぐに本校へ入学した。志望動機を聞かれる都度、ロシア語の話せる海事補佐人になって日ロ交流の一端を担いたいと建前論を述べたが、本音は、毎日が日曜日ではすぐに退屈して朝から酒を呑むようになり、家内から濡れ落ち葉扱いされることが必定なので、気楽な専修学校にでも行って暇つぶししようというところだった。ところが実際に入学してみると、ロシア式の厳しい教育方法がとられており、遊び半分ではとてもついていけないことが分かり、あてが外れた。特に毎週のように単語テストがあり、記憶力の衰えている年寄りには、これが何よりも苦痛であった。

  それでも、言語の基礎は単語であり、基本的な単語はどうしても覚えなくてはならないことはわかっている。歳のせいにしてはいられない。ゴルフの練習と同じで、愚直に基本練習を繰り返すしかないと覚悟を決めた。新しい課毎に20〜30個の単語をカードに書き抜いて常にそれを携帯し、暇さえあれば眺めた。病院の待合室やバス待ちの時間、お通夜の席で読経を聞きながらなど、勉強にも暇つぶしにもなって一石二鳥であった。

  もう一つの方法は書くこと。単語や短文を手近の紙に繰り返し何度も書く。習字のつもりで、美しく読みやすいよう書体にも工夫を凝らしながら。4年間で2Bの鉛筆を5ダース消費し、右手親指の先端にタコが出来た。

  こうして4年間はあっという間に過ぎたが、ロシア語という巨大な建造物の門をくぐっただけ。もう少し奥を覗いてみたい。睡眠時間を削る厳しい予習・復習からは解放されたが、これまでの苦労を無にしないよう、とぼとぼと、しかし休みなく前へ歩き続けたい。

卒業 ロシア地域学科卒業 寺越弓恵

「はいっ!」 私は、名前を呼ばれて全員の前に立った。函館のお父さん、お母さんと呼んでいる夫婦が微笑んでいた。いつも孫のように大切にしてくださり、今日も着物を着せてくださった年配のご夫妻が私を見つめていた。2年前に卒業した親友が遠くから駆けつけてくれた。そして何よりも4年間共に学んできた仲間がいた。先生方から教わったロシア語で、この日感謝の気持ちが伝えられること、皆の前に立ち自分の思いを伝えられることが嬉しかった。

  思えばこの4年間、どれほど多くの人から支えられてきただろう。自分だけの力で頑張っているなどと傲慢に思っていた時期もあったが、大きな間違いであることを途中で知った。守られている、支えられていることに気づいていなかったのだ。私は、この4年間の生活を通して人の優しさや思いやりということが、どれほど大切なものかを学ぶことができた。私は、ここで出会った全ての方々、そしてここまで育てくれた両親への感謝の気持ちを、答辞の一言一言に込めて読ませていただいた。

  この学校で学ぶことが出来たことを幸せに思う。さらにロシア語を磨くとともに視野の広い人間を目指し努力します。

良書に親しむ ロシア地域学科卒業 太田 翔

私は読書が好きだ。函館校で勉強した4年間でたくさんの本を読んだ。もちろん、私よりも多くの本を読んだ人はいると思う。私は、学校の図書館から本を借りたのは一回限りであった。それは、卒業論文に必要だったからだ。とにかくこれ以外は図書館の本は利用しなかった。貸し出し期間が2週間だし、借りた本は当然返さなければならない。それが面倒くさかった。必要な本、読みたい本は古本を買ったり、実家から送ってもらった。

  実は、私は、音楽を聴くのも好きだ。以前はパンクにはまっていて、よく聴いていた。あるとき、父に「クラシックを聴きなさい」と言われた。僕は、「つまらないから聴かない」と応えた。でも、父は、自分がなぜクラシックを聴くのかを話してくれた。何百年もの間、人々に聴き継がれている理由を。それは、時代を超えて人の心を打つものを持っているからだということを。

  本も同じだと思う。以前は、自分の好む作家のものや興味のある本しか読まなかった。でも、今は違う。書店で目がいくのは古い時代の有名な作家の作品だ。そんな本の中には、人種や宗教、時代を超えて世界中の人々を魅了する何かがあると思うからだ。私は、今、100年前、200年前の作家の作品を読むことに夢中になっている。嫌いだったロシア文学にも目が開かれた。「読書」、とりわけ、良書と言われるものに親しむことは、時代を超えて、世界中の人々と対話することだと思っている。これも函館校の生活を通して得た掛替えのない宝の一つである。

自戒 ロシア語科卒業 三方大輔

私は今まで4つの都市に住んできた。最初は舞鶴という港町で函館に酷似した所である。次は、兵庫県宝塚市そして大学の関係で札幌へ。最後はここ函館である。常に思うことはどの土地にもそれぞれの文化があること。そして関西と関東となると全く変ってくるということである。実際に「日本人気質と言われるのが関東の方を指すんだなぁ。」と思ったのも様々な土地に住んで様々な人と出会うことが出来たからであろう。最初に札幌に来た時は戸惑ったことはなかった。関西人特有のノリで何も気にせず行動した。でも、気がつけば自分の友達には北海道人が一人もいなくて道外出身者ばかりであった。自分が世界の中心にいると錯覚して、関西の文化をそのまま持ち込んだため、道外出身者以外は皆引いていったんだと思う。それ以来、私は、相手の文化を尊重するようになった。

  幸いなことに、この学校には函館出身者が少ない。教員を加えるとなおさら函館人は少ない。これは非常にいいことだと思う。様々な人の考え方に触れることは、人間としての幅を広げることに繋がる。相手の考えていることが、正確な裏づけを持った理由付で分かった時ほど嬉しいことなない。

  私は、就職活動でよく東京に行った。行く度に感じたことはスピードの違いであった。実に差は大きい。近年急速に普及したIT産業の影響もあり、ますますスピードアップしている状態である。また、最近よく「勝ち組」「負け組」と言う言葉を耳にするが、日本は間違いなく二極化すると感じた。企業の採用も実にシビアで、学歴云々の時代は終焉を迎え、すでに能力主義の時代になっていることを実感した。「考える力」=「疑う力」=「変える力」=「作り出す力」が求められていた。在校生には、特に、「疑う力」(さらに良くなる可能性を求めるがゆえの疑問)を、是非、身につけて欲しい。そのためには、周囲の人に疑問をもってぶつかってみることである。私にも人に疑問をもってぶつかることを避け、うまくやろううまくやろうとした時期があったが、結局それでは成長しないことが分かった。「あれ、おかしいぞ」と疑問を持ち、人にぶつかり鍛えられて初めて成長することを学んだ。手始めに温厚な校長先生、アニケ−エフ教頭、小笠原事務局長を推薦したい。その後は・・・・。いずれにしても、成長の道は茨の道である。自戒の言葉である。

ミラクル スター ロシア語科卒業 山田信子

この2年間はあっという間に過ぎてしまった。この原稿を書いているのが卒業式の3日前だが、未だに実感が湧かない。
  良い学生ではなかった。勉強はテストに落ちない程度しかしなかったし、授業は休む。叱られてもしれっとしてるし。せっかくの時間を無駄にしてしまったと悔いている。自分のために叱ってくれた教職員に対して申し訳ない気持ちでいっぱいである。でも、この学校で得たものは計り知れない。

  函館校は世界の縮図である。出身地も年齢も経歴も何もかもバラバラの人たちが同じ屋根の下で一日の半分を共に暮らす。他では絶対に味わえない環境である。
  とにかく色んな事が起きた。何かイベントをやろうとしても、はじめは全くまとまらない。リーダーの苦労は並大抵ではない。しかし、本番が近づくにつれてまとまりが出てくる。そして、本番は大成功。やはり、みんな大人なんだ。
  ロシア語という怪物に敢えて闘いを挑む仲間の集まりである。ここに一体感が生まれる要因が潜んでいるのだろうか。
 不確かだが、私にはそう思われる。でも、不思議な学校である。全てがミラクルに思えた。もしかすると、その中でのスターだったかも。

  4月から新しい仲間を迎え新しい物語が始まる。ひとり一人、この学校で素敵なストーリーを完成させ、巣立って欲しい。